胸ポケットには千日紅を【雪男】

硫黄の匂いに溶け合って。3*ab ページ17

旅館ってもちろん温泉が素晴らしいんだけど、ご飯が美味しいのが嬉しい。

今回は福引で当たったから旅館は選んでないけど、普通に旅行するときの宿選びってご飯が美味しそうな所がいいもん。



ということで夕飯の時間。


親切に部屋まで運んでもらった食事は、ふたり分にしてはめちゃくちゃ豪勢。

刺し盛りとかすき焼きとかは豪華で美味しそうだし、煮物や副菜もいい匂いがする。

中でもびっくりしたのは、鮎の塩焼きが丸ごと1尾。串に刺さった状態で出てきた。


「……ほわ、」

「すげぇな〜！食べよ食べよ！」

「はい。いただきます」


佐久間さんがビール飲んでるの、久しぶりに見た気がする。

冷蔵庫のビール缶が減ってるから、飲んでるんだろうけど。

お酒の匂いとか、気をつかってくれているのかも。


「っは〜！うめぇ！！」


美味しいご飯も嬉しいけど、やっぱりこういう…笑顔が見れるのが、旅行の良いところだなぁって思う。


佐久間さんと居ると、ほんとに楽しい。

俺も同じように楽しんでもらえてるかは微妙だけど、こうやってふたり旅行に誘ってもらえるんだから、退屈というレッテルは貼られてないと信じたい。






部屋に用意された敷布団は2組。

当然といったら当然なんだけど、そういえばひとりで布団を使うのは久しぶりだ。


施設では薄い敷布団に毛布1枚しかもらえなくて、寒い日は康二を抱きしめながら体温を分け合って眠った。

佐久間さんの家も、なんだかんだベッドで佐久間さんと寝てるし…


(…あれ？それがおかしいのか？)








「阿部ちゃん、明日何時に起きる？」

「たしか朝食が7時から8時の間にってお話でしたよね。じゃあ7時ぐらいに起きればいいかなぁ」

「俺起きれない自信しかない。起こして…」

「ふふ、わかりました」

「んじゃ、おやすみ！」

「…おやすみなさい」



あたたかくて、暗い部屋。すぐに佐久間さんの寝息が聞こえてきた。

いつもは耳元で聞こえるのが遠いと、なんかちょっと物足りない気がする。

体ごと佐久間さんの布団を向けば、綺麗な横顔が規則正しく呼吸してるのがわかる。

…あんまり気にしたことなかったけど、佐久間さんって整ったお顔立ちしてるよなぁ。




(…さむい、)



暖房で充分あたたかいはずの部屋なのに、ひとりぼっちの布団はなんだか寒く感じる。

しばらく考えた末、枕と一緒に佐久間さんの布団へ潜り込んだ。

浴衣のズレた胸板に擦り寄れば、なんとなく安心する。




(…あったかい……)

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