花冠にはすずらんを【雪男】

イヌホオズキの嘲笑。3*sk ページ16

「あべちゃぁあぁあ！！」


康二が俺の腕から飛び降りて、女性の足をポカポカ殴る。

女性はウザったそうにそれを睨み下し、俺をチラリと見て足を離した。


「…康二、っ」

「うわぁぁあぁ！！あべちゃああぁ〜！！！」


傷だらけの腕で、しっかりと康二を抱きしめる阿部ちゃん。

ふたりとも、目に見えるぐらいガタガタと震えている。


(……あ、この女か。例の、)



本気でブチ切れることって今までなかったけど、案外冷静に考えられるもんなんだな。

いや冷静かと言われれば冷静ではない。


俺の脳内はこの女をどこから殴ろうか、ぐるぐる考えている。



短い舌打ちをした女は、何事もなかったかのように車のドアを開けた。

ふたりがこんなに震えてるのに、こんなに泣いてるのに。


「待てよ」


なかったことになんてさせない。

無遠慮に力いっぱい、その腕を掴んだ。



「痛っ…なんですか？」

「なんですかじゃないよ。あんたよくそれで保母さんできるな」

「あ？誰だよあんた、関係ないでしょ。他の子には愛情注いでるんで」

「…ざっけんな……」

「佐久間さん！」


握りしめた拳を、阿部ちゃんが慌てて制止した。

こんな女、殴ったところで1発や2発じゃ気が済まない。

振りほどこうとしても、阿部ちゃんはぽろぽろ泣きながら首を振った。



「…はなして阿部ちゃん」

「だめっ…だめですっ…」

「はなせよ！！こんな奴1発ぐらい殴っても…」


「佐久間さんは、この人とは違う！！！……っ、おねがい………簡単に、殴るなんて…っ、言わないで……」




…殴られるのがどれほど苦しいか、痛いのか、阿部ちゃんは知ってる。

殴る方がどれほどクズなのかっていうのも。


俺はだいすきな家族を、裏切るところだった。







「…なんだよ、保護者か。あのマッチョ結局他人に押し付けたんだね」

「……は？」

「無理もないさ。そいつらは疫病神だから、あんたも早いとこ手放した方がいいよ」

「…てめぇいい加減に、っ」

「お前は素直でいい子だったから、稼げると思ったんだけどね。恨むなら邪魔してきたそっちのガキを恨みな」

「なんの話…」


女は俺の手を強引に振りほどき、車へ乗り込む。

阿部ちゃんは去っていく車を呆然と見つめ、車が駐車場から出ていったと同時に膝から崩れ落ちた。


「阿部ちゃん！」

「あべちゃ、あべちゃぁあっ」


…気を失ってる。

それでも尚、肩の震えは止まらない。



(…くそ、やっぱり1発ぐらい殴ってやりたかった…！)

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