もしもし、あなた

1*M ページ1

「おい宮田、この資料ふざけてんのか？」


出勤早々、上司から投げられた紙束。

それは俺がこないだ提出した資料で、上司は激おこモードだ。


「えっ、なにがです？」

「なにがです？じゃねぇよ。資料に“(笑)”とか“思われるでごさる”とか。下手したら飛ぶぞ」

「…なんと」




社会人は難しい。


ニート時代が長かったせいか、未だにパソコンはタイピング以外の作業が苦手だ。

エクセルもワードも使いこなせなくて、たびたび上司にぷんすかされる。





『【速報】俺氏、資料に“(笑)”で上司に怒られる』



昼休みにツイートした呟きは、割と多めのフォロワーさんからすぐに何件かリツイートされた。


『“(笑)”はだめだろ(笑)』

『仕事なめんなや(笑)』


みんなからの返信に、お弁当をつまみながら携帯を打ち込んだ。

隣のデスクからは、エリート同期のガヤさんがひょっこり顔を覗かせる。

ガヤさんは俺のコンビニ弁当を鼻で笑うと、堂々と自分の弁当箱を広げた。


「おっ、すげぇ！ガヤさんそれ手作り！？」

「愛妻弁当♪いいだろ〜」

「うわぁ〜うまそうだけどリア充爆発しろや〜！(笑)」

「あ、噂をすれば北山からだ♪」


ガヤさんの携帯にラインの画面が映し出された。

先日から同棲を始めたという、ガヤさんときたみつ。

学生からの友達だったふたりがこういう関係になるのは、複雑だけど素直に嬉しい。


(いいな〜、恋人…)


家に帰ればフィギュアやポスターが迎えてくれる俺に、恋人なんて居なくて。

一見スーツでかっこよくキメてても、どうやらハンカチやボールペンがアニメのグッズなのがダメらしい。

そのぐらいいいじゃん！って思うんだけどね…やっぱり世間は、ヲタクに厳しい。






「じゃあな、宮田。残業がんばりたまえ(笑)」

「くっ…う、裏切り者ぉ〜！」


あんな資料が通るわけもなく、俺はガヤさんにあざ笑われながら残業。

次々と先に帰られて、気付けばオフィスには俺ひとり。

パソコンの光がやけに明るく見えて、やっとこさ印刷した紙をホッチキスで留めた。


「ふぅ…帰ろ」


オフィスビルから出ると外は真っ暗で、車通りも少ない。

いつもは噴水が流れている公園は夜中だからか、水も止まってて誰も居なかった。


「…はぁ」


今日何度目かの溜め息を吐きながら、コンビニで買ったつまみと酒を公園のベンチに袋ごと置いた。

俺も腰を下ろして天を仰げば、空は見渡す限りの星空。


たまには星を眺めながら飲むのも悪くない。

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