6/13(火) ページ9
.
私ばかりしあわせな死に方をしてすみません。
水の中は,冷たかった。初夏を越えたとは云え,6月だ。其に,急に降りだした雨の所為か,躰も冷めきっていた。
水に触れた箇所から,じんわりと衣類が濡れていく。濡れた処が素肌にべったりとくっついて離れない。そんな感触でさえも私は楽しんだ。案外,冷静なものだ。
私は人殺しだ。其も,愛する人を殺して仕舞うと云う大罪。今でも,力を入れた両手で触れた彼の首筋の感じを,はっきりと思い出せる。
最期の最後迄,太宰さんは笑っていた。
こうなる事を予想していたように,優しく,ふわりと微笑んでいた。私の目からは人知れぬ涙が流れ落ちた。
太宰さんは倖せだっただろうか。
私ごときの為に其の命を無くして,倖せだっただろうか。
聞いても,彼は答えてくれない。唯,抱き締めた彼の躰が離れることはない。死後の世界迄一緒に居られるだろうか?
先刻迄確と見えていた太宰さんの
入ってくるのは酸素では無く大量の水だった。
意識が遠くなる。
水の奥底から,声が聞こえた。
『人殺し』
『御前など死ぬ価値さえない』
『地獄に堕ちるがいい』
『其のまま目を覚ますな』
幻聴?其にしたって厭な幻聴だ。死ぬ時位,いい気にさせてくれてもいいのに。
『Aめ。俺が死んだからって他の男と心中なんて赦せねぇ』
目を見開いた。其は待ちわびていた筈の修一の声。怖くなった。厭だ,なんで。
太宰さん,私は貴方と死んで良かったんですか?
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:妃有栖 | 作成日時:2017年6月19日 21時