あの音をもう一度 (ページ36)

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あれからAは無心で弓を引き続け、気付けば朝日が昇っていた。

『...。』

「お嬢様、愁様がお迎えにいらっしゃっておりますが。」

最後の一射を射終わったところで、執事がAに声をかける。

『今行きます。私の部屋に案内してください。』

「承知しました。」

弓道場を出たAは、着替えることもせずそのまま無言で自室に入る。

愁「A...。また引いてたのかい？」

愁は部屋に入ってきたAを見て、座っていた椅子から立ちあがり彼女のもとに歩み寄る。

愁「A。俺はそんなに頼りないかい？君はいつも大事なことを隠す。」

何か言いたげな、でも悲しそうな顔をするだけのAの頬に手を添える。

愁はAの答えを待ってみるが、Aが答える様子はない。

愁「弓は引けそう？」

なかなか答えない彼女に、愁は質問を変える。

『えぇ、だって私は"公女"だもの。』

小さな声で答えるA。

いつの間にかついた俗称。
そして記録を作るたび、愁と並べられるたびに上がっていく彼女への期待。

その期待が彼女の重荷になっていることは、愁も気付いていなかった。

彼女が昔からよく言っている、己の敵は己自身。
これは彼女が他人を通して、自分自身へ言い聞かせていることだった。

愁「あぁ。なら俺も"貴公子"を演じてみせるさ。君のためにね。」

そういうと愁はAを優しく抱きしめた。

だが、Aの心は完全に晴れることはない。

愁は優しいが、今の彼の頭の中は湊のことで埋まっていることだろう。

『ごめん、愁。』

愁「いいさ、待つことには慣れてる。」

今はまだ何も話せないことへの謝罪。

A(いつか話せる日がくるのかしら...。その時はきっと、愁が湊への執着を捨てたときね。)

愁の腕の中で落ち着いたAは、身支度をするために離れる。

『お風呂行ってくる。少し待ってて。』

愁「まだ時間はある。ゆっくりしてくるといい。』

愁に微笑み、自室を出てお風呂場へ向かう。

Aは全てを洗い流すように、熱いシャワーを浴びる。

そして次に愁のもとへ戻った彼女の表情は、いつものAだった。