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六本目 ページ7

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「折角なんだし乗ってけば?」
『え』



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居心地が悪い。異様な程に質の良さそうな座席に腰掛け、足を伸ばしても、何なら寝そべったって大した邪魔にもならない程に広い車内で身を縮める様にして座る私に視線を流し、私を乗るように誘った張本人である御影さんは、その端正な顔立ちに微笑を浮かべる。



「ふはっ、そんなに緊張しなくてもいいって。誰も気にしないし……ほら、凪を見てみろよ」
「………え、なに?」
「いや、A緊張しすぎじゃねって話」
「あ、ほんとだ。カチンコチンじゃん」



ホストクラブで働くホストは、必ずしも金銭面的に困窮している訳では無い。夜の仕事は人脈が広がりやすいし、経験の場としても有効だろう………が、とはいってもリムジンで出勤するレベルの富豪が働くのはかなりのレアケースだろう。

詰まるところの、御影さんという話だが。その当の本人は「面白そうじゃん」とか言って、凪さんを連れて今やうちのお店の上位プレイヤーにまでのし上がっている。

しかし、当然ながら彼らと私の金銭感覚は大きく異なるので、リムジンに乗る前の物珍しさは乗ってすぐに消し飛んだ。ピンと姿勢を伸ばしたまま微動だにせず座り込む私を、我が物顔で座席に横たわりながら凪さんがつついて遊んでいるがそれを気にする事も出来ない。

そもそもリムジンの時点で土台無理な話だが、目立たない様にと選んでいるらしい、窓の外の裏道の景色を忙しない気持ちで眺めてどれくらいの時間が経ったのだろう。

「着いたぜ」との御影さんの一声がすると同時に、車が止まって思わず肩を撫で下ろした。リムジンに乗るのは、この人生に一度きりだけでいいや。



「お手をどうぞ、お姫様」
『ぁ、え……』



人気ホストの二人と同じ車から降りてきたところを見られたら私の明日は無いに等しい。それを理解してくれているのだろう。先に降りた二人が周りに人が居ないか確認して、大丈夫だと声をかけてくれたので私も降りようとした瞬間。

何気無く差し出された御影さんの手に戸惑いの声を上げれば、彼は呆れた様に、しかし愛おしそうに目を細めて笑った。それが恥ずかしくて、加えて私はお姫様なんて柄じゃないしという気持ちもあって、『お客様にしたら喜びそうですね』と話を逸らす様に早口で言う。



「ヤだよ。こういうのは取っておくって決めてんの、俺は。だから、俺がお姫様って言うのもずっとお前一人だけ」


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作者名:信楽 | 作者ホームページ:http://around-the-clock  
作成日時:2023年1月17日 17時

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