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『こんにちは、黒名君』
「久し振り、A」
『多分二時間振りだけどね』
久し振りと称するには早いだろう、と心の中で静かに突っ込む。洗濯室に入ってすぐ、目の前に特徴的な赤髪が見えて驚く私の腕に抱えられた洗濯物の籠を彼が代わりに持ってくれる。とはいえ仕事を任せるのは申し訳無いので、善意に甘えて洗濯機の近くまで運ぶのだけ手伝ってもらった。そろそろ腕が疲れてきていたから助かったのは事実だ。
匂いが苦手な人に配慮してか、匂いの薄い柔軟剤の量を測りながら『どうしたの?』と首を傾げれば、彼は「顔が見たかったから」と何気無く答える。
『私の顔を見て落ち着くの?』
「ああ、綺麗だ」
『そっか』
これもまた珍しい感想だ。正直に言えば、あまり私の顔には人の気持ちを落ち着かせる効果は無いように思う。寧ろ興奮させがちだとさえ思うが、何せ私の顔を見ただけで鼻血を出す人もいるくらいだし。興奮で鼻血を出すなんて迷信だと思っていたから吃驚したのは記憶に新しい。
『黒名君、もしかして試合が終わった後から此処に居たの?』
洗濯機の蓋を閉めて開始ボタンを押す。視界に映り込む横髪が邪魔で手で退かすが、今日は何時もよりも髪の調子が良かったのが問題なのかサラサラと落ちてきてしまう。変えたシャンプーがどうやら髪質にあっていた様だ、というのはさておき。
髪ゴムかピンでも持ってこれば良かったか、と思いながら先程からの疑問を投げかけるも暫く返事が無い。不思議に思い横に視線を向ければ、その澄んだ綺麗な猫目と目が合う。ジッ、と穴が開く程熱心にこちらを見つめていた彼だが、不意に壁から背を離すと私に手を伸ばした。
「髪を結んでもいいか?」という彼の問いに頷けば、彼は優しい手つきで私の髪にそっと手を通す。結ぶというよりも編んでくれているのか、髪を軽く引っ張られる感触を感じる。彼の三つ編みも普段から自分でやっているのだろう、慣れた手つきだ。
「何となく近くを通ったから中を覗いたらAが来た」
『そうなんだ。試合お疲れ様』
「ん、ありがと」
「出来た」との彼の声に、目を開ける。少し頭を傾けて斜め前にある鏡を覗き込めば、横髪も後ろにまとめて三つ編みにされていた。私の動きに応じてしっぽの様に動く三つ編みが可愛い、久し振りに三つ編みなんてしてもらったな。
「可愛い可愛い」
『ありがとう、お揃いだ』
「……ずるいぞ、それは」
真顔の照れは判別がつきづらい。
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作者名:信楽 | 作成日時:2022年12月25日 2時