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暫くの沈黙の後、男は口を開いた。

「今のA先生の語彙と表現が洗練された小説も、昔のA先生の感性と情熱で書いたであろう小説も、我輩は大好きである」
「だけど……」
「良いのである!我輩の大好きな先生は、例え本人でも悪く言う事はしないで欲しい!」

小心者の男にしては珍しい程の大声。体の底から絞り出した様な、感情が籠った声だった。
男も女も泣いていた。子供のように、年甲斐も無く、恥ずかしげもなく泣いていた。

「済まない、済まないね……」
「此れは我輩のエゴである。けれども、君が世間から色々と言われ始めている事は知っている」

女の置かれている状況は、実は余りにも芳しいものでは無かった。
語彙はついたが情熱がない。話の元も張り合いが無くなった。其れ等の批判を受け、女の筆は止まってしまっていたのだ。

「じゃあ……」
「其れでも!我輩は君の文章が大好きなのである!世間なんて気にしなくていい!我輩の為に書いて欲しいのだ!」

男の腕に、力が籠る。女が流した涙は、男の外套に染みを作る。男の涙もまた、女の肩を滑り服に染みを作っていた。女の頭に掛かったサングラスは、いつの間にか床に落ちていた。

「……一読者として、一友人として……そんな我儘を言う事は罪なのであるか?」

沈黙。友人としての一線、作者と読者の一線が、壊れようとしていた。女の手が、男の背に回される。

「私は、まだ、書いていていいの……?」
「書いて欲しいのである。誰が何と言おうと」

震える女の身体は、本当に華奢で小さな物だった。折れそうな身体。男が身体を離そうと力を緩めた瞬間、女の腕に力が籠る。

「君は、昔の私の様だね……情熱があり、追いかけるものがある」
「……君には然う、見えるのか?」
「嗚呼。ポオ、呑もう。いや、私はもう酔っているのかもしれないなぁ……」

女の発言が支離滅裂になってきている。男はそんな所は気にしていなかった。アライグマが、男の肩から心配そうに二人を見つめる。

「き、君が何を望むかはわかった、だが………我輩は……」
「良い。君だからこそだ、頼むよ」

女は涙で潤んだ瞳を男に向ける。男はその色香に当てられ息を呑んだ。女は其処迄見届けてから、懇願する様に呟いた。

「今晩、一夜でいい。私を只の女にして?」

男は女の瞳を見詰めた。その濡れる瞳に吸い込まれる様に、唇が重なる。

「A君が、そう望むなら……我輩は、その言葉に従おう」

夜。男女が一組、夜に呑まれた。

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いちご(プロフ) - ミラから来たぞおおおぉ! に、しても評価凄いですね!Σ(゚ロ゚;) (2020年6月21日 14時) (レス) id: 3cbabf2902 (このIDを非表示/違反報告)
モフ子 - 道化さん» 全然OKです。後見させてもらいました、兎に角好き(語彙力Maxです。 (2019年8月4日 17時) (レス) id: 7dc88695a1 (このIDを非表示/違反報告)
道化(プロフ) - 書かせて頂きました!お仕事疲れとの事なので、ちょっと絡めたお話を。ゴーゴリ「頑張った子には、ご褒美がいるよね!私は分かっているのさ!」 (2019年8月2日 18時) (レス) id: 915e79c273 (このIDを非表示/違反報告)
道化(プロフ) - モフ子さん» 了解しました!リクエスト内容は、シリーズ最新作の「恋は下心」の方に投稿させて頂きますが、大丈夫でしょうか? (2019年8月2日 18時) (レス) id: 915e79c273 (このIDを非表示/違反報告)
モフ子 - リクエストしても宜しいでしょうか?天人五衰のゴーゴリ君っていいですか?シチュエーションは何でも構わないのでお願いします!仕事帰りに癒されたい!どうか私の我儘を聞いて下され (2019年8月2日 11時) (レス) id: 7dc88695a1 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:jazz | 作成日時:2019年4月26日 19時

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