求めた幸せ/2 ページ32
「ぼくはおこりません」
「何を言っているんだい？」
「ぼくは、『かみさま』です」
老人は心底不思議そうな顔をして、奏汰の瞳を見る。透き通った翡翠色の瞳は嘘偽りない曇りなき瞳だった。
＊
「A」
「はい」
この年齢でどこか大人びた雰囲気。それは、どこから来たものか。
母親は心配になり声をかけても、無機質に返事がくるだけだった。
「……何度も言うけれど、深海の子には、近づかないこと。いい？」
「はい」
「よびましたか？」
己の名を呼ばれた奏汰はひょこりと窓の縁に身を乗り出す。
瞬間、彼女の母親はまるで目の前に熊か狼でもいるみたいな、恐怖の顔へ変貌していった。
「……お母さん？」
「……あぁ」
何かに絶望したような、そんな声が部屋中を埋め尽くした。
＊
「それで？」
「『へや』からでてきたAに、『くびねっこ』つかまれて『うみべ』にほうりだされました」
何だか気が抜けて、パイプ椅子に身を預けてみると、ギィ、と音が鳴った。
「あのこにとって『ははおや』は『たいせつ』なんでしょう。そりゃあ、『たいせつ』なひとをこわがらせるそんざいはあまり『いいもの』ではないですから」
それだけ聞けば、ただの記憶力の問題ではないのかと思う。
それを言っても彼は頑なに聞かないことは知っているので、黙っておいた。
「変わりましたね、奏汰も」
「ぼくは……なにもできないんです。なにもしらなかったから」
聞いているのか聞いていないのか分からない拍子で彼は言葉を吐き続ける。
「まだ、つづきはあるんですよ」
「ほぉ？」
「ふふ、でも……これだけは『ひみつ』です♪」
＊
ずるずると引きづられて来たのは奏汰の見知った海辺。
彼女の死んだ魚のような目はいつも以上に冷たい。
「深海？」
「……？はい、しんかいかなたです」
「……もうこっちには来ないでね」
吐き捨てるように言い、彼女は背を向ける。奏汰は咄嗟にその足首を掴んだ。
「うわ！？」
「あなたはだれですか？」
「……」
呆れたように足首に掴まれた手を払う。
瞬間、今度は彼女から奏汰へ近付いていった。
「A。」
「……？」
「だ〜か〜ら〜、Aだって。」
それが彼女の名前。
「あなたののぞみは、なんですか？」
そして今度は、お決まりといってもいいほど言ってきた台詞を口に出す。
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作者名：竜花 | 作成日時：2019年5月26日 12時
