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「オルテンシアさんは横浜に来たばかりって言ったでしょ？ 前は有名な観光スポットを紹介したから……あ、『幸せの鐘』は言ったかな…。」
「幸せの鐘？ それは…教会の鐘？」
「ううん。赤レンガ倉庫の2号館の、2階のバルコニーにある鐘の事なんだよ。小さな鐘が2つ並んでいてね──。」
仲良さげに並んで歩く帰り道で、いつの間にか来ていた大通りの交差点。紫花の話を右から左へと流しながら、ライはぼんやりと信号機の色が変わるのを待つ。
カッコウの鳴き声を模した、音響式の呑気な音。それに被さって聞こえる隣の声も、同じ機械仕掛けの鳥のよう。誰かの歩みを止めたくて、ひっきりなしに同じ囀りをリピートばかりする。
「──だから幸せの鐘っていうの。……オルテンシアさん？」
「…えぇ…ちゃんと聞いていたわ。幸せの鐘──きっと誰かが、その鐘の音に主の御声を聞いたのね。」
愛は寛容で親切で、人を妬まず、自慢にも高慢にもならない。礼儀に反する事もしない、利益を求める事もしない。そして怒りもしない。人の悪を思わず、人の不正を喜ばない。ただ真理だけを喜ぶ。
全てを我慢し、全てを信じ、全てを期待し、全てを耐え忍ぶ──決して絶えることのない尊き『愛』を誓う、真白き夫婦へ祝福を。
嗚呼、嗚呼、なんて
万物を愛し、慈しんだ聖女達が浮かべていた笑みはまさしく、こんな表情ではないだろうか。瞬時にそう思った紫花は視線のみならず、思考までもライの笑みに奪われていた。
「幸せになるわ…そう、必ず。」
「へっ？！ な…何が？」
「その鐘の音を聞いた人達……例え、ありふれたチープなものでも、"幸せになれる鐘の音"だと思って鳴らしたのなら、必ず幸せになれるわ。その権利はあるもの。」
そうでしょう？ と、そう微笑んだライ。紫花は夢遊病を患った人のようにフワフワ、ユラユラ、どうしてか微睡む意識の中で頷き返した。
えぇそう、きっと、えぇそう、必ず。
「幸せ、だね。」
貴女の、こんなにも美しい笑顔を見られるなんて──もう、今すぐに死んでしまっても惜しくは無い程に幸せで、満足しているの。
雨が降り出しそうな、どんよりと重く曇っている灰色の空。太陽が遮られている為、晴れている日の時よりも随分と薄暗い午後4時30分。陰る紫花の、どこか歪な微笑みにライは静かに目を伏せた。
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作者名：紫陽花 | 作成日時：2020年3月24日 0時
