- ページ9
・
水の中が1番好き。
その次に好きなのが、表彰台のてっぺんから見る景色。
数十cm足場が高くなっただけで太陽が一気に近づいたような気がする。静かに揺れる水面がよく見える。いつもは私よりも高いところにある頭が、この瞬間だけは私を見上げる。
それが見たい。だから勝ちたい。
「普段の様子からじゃ全く想像できないが、塩崎、お前すごかったんだな」
今回の大会は中学校の名前を使って参加することになっているため、引率には必ずその学校の教員が来なければならない。
わざわざ引率に来てくれた理科の麻木先生が、私の胸元にぶら下がる金メダルを見て感心したように言った。
「夏休みなのに娘のためにわざわざありがとうございました」
「いえいえ！いいもん見させてもらいました」
お母さんと一緒に先生に「ありがとうございました」とお辞儀をする。
夏を感じさせる、この時間でもまだ高いところにある太陽が、私の肌をジリジリと焼いて汗を流させる。額から垂れた汗が私の目の中に入って滲みた。
どこからか聞こえてくる誰かの泣き声には気づかないフリをして、私は瞼をパチパチと動かした。
「来週も大会あるんだろ？がんばれよ」
麻木先生は私の肩にポンと手を置いてそう言った。
私は「はい」と小さく呟いた。
「それじゃ、私は他の奴らにも声かけてきますんで、これで。塩崎、本当におめでとう」
同じ中学から他にも何人かこの大会に出場していたようだ。違う種目の競技中、ずっと暇をしていた私と違って、先生はこの3日間観戦し続けていたらしい。
先生の姿が見えなくなるのを見届けて、「さ、帰るよ」とお母さんが私の荷物を持った。
私はメダルを外して、お母さんが肩にかける私のエナメルバッグの外ポケットに突っ込んだ。
「今日はどこか食べに行く？仁も部活休みだし」
「お父さんは？」
「どうせ帰り遅いからお父さんには秘密で」
大会が終わったあと、お母さんの機嫌が良いときは外食に連れて行ってくれる。
ここで私が「別にいいよ」とか「家でゆっくりしたい」とか言うと、お母さんはちょっとだけ嫌な顔をするので、私に許される答えは実質1つだけだ。
「行きたい」
私はお母さんの車の後部座席に乗り込んだ。
車内に立ち込める芳香剤の匂いと夏場特有のむせ返るような重い空気が、私は苦手だ。
・
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 95人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：ねむねむねむね | 作成日時：2024年2月26日 23時
