潮風と百合 tkcn (ページ11)

今日:4 hit、昨日:0 hit、合計:5,097 hit

△ ページ11

－－

『……ひろい』

海を見た彼の一言目は、それだった。
俺が行く海なんて粗方一つしかない

でもそこは、俺が一番好きな所だ。

細く弧を描くその瞳を、めいっぱい広げて
唖然と目に映る情報を身体に叩き込む彼はやはり人間みたいだと疑って仕方がない。

｢いいだろ？ここは俺の好きな場所なんだ。｣

『海って情報は組み込まれてはいたけど、初めて見たから、驚いたよ。』

波の音に耳を澄ませ、静かに目を閉じる彼。

これは、喜んでくれてんのかな。

AIの気持ちは、
いや、AIに気持ちがあるかさえ分からないけどきっと彼は目の前の初めて見る光景を、情報を胸に刻み込んでいるはずだ。

海の方に目をやれば、いつも俺が見ている姿と何ら変わりないいつもの海。

時々、何かをふと考え込んでは悩みの渦に沈み這い上がれなくなりそうな時がある。

海に来ては、その流れを、変化していく時をただひたすらに見つめていた。

今日の海はいつも以上に穏やかだった。

AIだか、人間だか、宇宙人なのか

馬鹿な俺にはさっぱり分かんねーし、理解もできねーけど

これからの生活がきっと、今までより少しだけ楽しいものになる。

それだけは確信できた。

...

｢なあ、腹減ったな｣

『僕はロボットだからお腹は減らないし、ご飯も食べれないんだよ』

帰りの車内で突然聞いた衝撃のひと言。

｢え、飯食わねえの？｣

『食べないけど、料理を見ればスキャンするから、ある程度の味や食感は分かるよ』

これまた衝撃のひと言に思わず助手席に座る彼を凝視する

なんて事ないふうに俺の事を見て
小馬鹿にしたように片方の口角を上げ笑った。

｢おい、今俺見て笑っただろ｣

『笑ってないよ、顔がマヌケだったから変な顔だなって』

｢それを笑ってるっつーんだよ！｣

『…っちょっと、いいから前見て！』

運転のことなど忘れて言い争いが始まろうとした時、焦った彼の声に我に返る。

｢…っぶねえっ。｣

赤信号でストップしていた前の車にぶつかる寸前で、助かった。

『…ごめん、僕のせいだ。雄也を健康で幸せに導かなきゃいけないのに…。』

衝突を間逃れた数十秒後。

彼は下を向いた。

その顔は酷くつらそうだった。

－－