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まるで世界に二人取り残されたような感覚。過ぎ去る時間に置いていかれた私の傍で、繋がれた手を決して離さないように隣に立つ心強い坂田くんの存在。
好き。大好き。熱の籠った坂田くんの声が何度も頭の中で反芻する。薄紅色の頬をぼんやりと眺める私をただ真っ直ぐに、目を逸らすことなく真剣に見つめる情熱的なルビーの瞳。
「……」
数分間くらいの沈黙の間、互いに何も発さずにただ静かに目線と目線を合わせる。以前までの柑橘の香りは漂わなかった。そこにはナンバーワンホストでも高校の同級生でもなく、私を想う一人の男性が立っていた。
「俺と付き合ってくれませんか？」
「！」
ふわり、と桜の淡い香りが鼻腔を擽った。目の前には頭を下げて左手を差し出した坂田くんが、静かに私の返事を待っていた。
はく、と言葉を発することなく唇が動く。漏れる息に音を乗せることもできずに目の前に差し出される綺麗な左手に目線を移す。
私が返事をしない限り、坂田くんはずっとこの体勢のまま私の返事を待ち続けるのだろう。
「坂田？……と、A？」
物音ひとつしなかった空間を破るように、心地の良い低い声が辺りに響いた。聞き馴染みのある声質にパッと前方に目線を向けて、予想外の人物に目を見開く。
風に吹かれてさらりと揺れる紫髪に、目下のホクロが特徴的な彼____月崎志麻。
「遅い時間にこんなところで何してん？」
「っ…」
「なあ？坂田」
言葉に詰まった私から外された志麻の視線は、左手を仕舞いつつも尚頭を下げたままの坂田くんに向けられた。
心做しか志麻の声が普段よりも冷たいように聞こえる。この時間の夜道だからだろうか。
「……んとって」
「あ？」
「邪魔、せんとって」
ピリ、と氷の膜が張った気がした。突然の急展開に追いつけずに目の前の二人を交互に見つめる。少しでも踏み入ったら低温やけどしてしまいそうな空気。
「何言ってん。俺は質問してるだけなんやけど」
「俺の邪魔せんとって。」
「……」
何度も繰り返される同じ言葉に、不信げに眉を顰めた志麻は大人しく口を噤んだ。未だ下を向いたままの坂田くんから表情は窺えない。
「……」
「……」
永遠にも思えるほどの長い沈黙が流れた。
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作者名：らむ | 作成日時：2022年9月27日 10時
