ニーナ - 6 ページ6
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────“ おかしい ” なんて、そんなこと伊沢に言われなくたって知っている。
一般的な恋人同士というものも、愛し合う2人というものの典型例も大凡知っている。そしてそれに私たちが当て嵌まらないことも知っている。
それでも仕方がなかった。私は彼に縋るしかなかったのだ。
「……何も知らないくせに、そうやって偉そうなことばっかり。」
就活の厳しさに揉まれ、希望していた企業に無情な宣告を突き付けられる辛さを伊沢は知らないでしょう。
毎日泣き言を垂れるしかないのに、それさえも甘えだと言われる世間の厳しさを知らないでしょう。
そんな最中現れた光の眩しさも、彼のためなら何でもしてあげたいと思う盲目な気持ちも、全部、全部。
「彼のことだって一度も見たことないじゃん」
ねえ、誰だって外面を見て判断するでしょう。
中身なんて見向きもしないで、ただ彼に働くことを強要されたと非難するでしょう。私の彼への気持ちも、救われたことも、何一つ知らないくせに。
「違、だから俺は────…」
「だからも何もない!
結局そういうことでしょ、自分の中の善悪にだけ当て嵌めて正義の味方ぶらないで!!」
誰も中を見ようとしない。決め付けてあれは悪いこれも悪いって、流し見しただけで良い人ぶってどこかへ行く。
もう自己満足のためだけに叱られるのは懲り懲りだ。
きちんと愛し合う2人の合意の上での行為が何故咎められなければならない。何故怒られなければならない。
それ以上に彼は優しくて慈悲深くって、穏やかな手付きで私を褒めてくれると言うのに。
「内定貰えてたら今頃どうしてたんだろうとか、もっと別の道があったんじゃないのとか、そんなの私だって思ってる!!」
やりたいことやれてたのかなだの、あの時こうしておけばだの。そういったことは全部もう、取り返せない時間の中にある幻想だ。
言葉が口から溢れて止まらない。
語気が強くなる。伊沢は私を見ている。お店で何てことやってんだろう、私。
でももう、仕方がない。
「………私が悩んでた時、助けてくれたのは伊沢じゃないでしょ。
…だからもうどうでも良い。世間的に間違ってるとかおかしいとか、そんなの考えてる暇ないの。」
今の私を突き動かしているのは彼だ。
彼だけが全てだ。
学びとやりたいことを夢に生きていた大学時代とは、もう何もかもが違うのだ。
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r(プロフ) - コメント失礼いたします。ひっそりと『マリア・テレジアへ賛美歌を』のAルート/Bルートお待ちしております……! (2022年5月8日 13時) (レス) id: 4f9004a1a0 (このIDを非表示/違反報告)
まるまいん - はじめまして、本日初めて作品を知りシリーズを最初から最後まで全て読ませていただきました。登場人物のリアリティー、簡潔ながらわかりやすい描写と気になるストーリー構成、どれもとても魅力的でした。続きも楽しみにしております。 (2022年4月25日 4時) (レス) id: 3aac2cf622 (このIDを非表示/違反報告)
みゃお - 初めてコメントします!どのお話も本当に引き込まれて大好きです…!ラブレターには名を記せの続編がどうしても読みたいので、いつか書いていただけたらと思います。よろしくお願いいたします! (2022年4月18日 0時) (レス) @page21 id: d140b06251 (このIDを非表示/違反報告)
ねこ - 更新されていてびっくりしました…! これからも応援させて頂きます。 (2022年4月1日 0時) (レス) id: db21360bfa (このIDを非表示/違反報告)
凪(プロフ) - 良質な読みものに心臓がドカドカする感覚をものすごく久しぶりに味わって感動しています…これからも楽しみにしています!!どうかご無理はなさらず!! (2022年3月31日 0時) (レス) @page33 id: 86acd73901 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:290円 | 作成日時:2020年10月24日 6時