横恋慕の通せんぼ - 4 ページ33
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「そろそろ帰る?」
朝食を大体食べ終わり、投げかけた話題も一区切りつくと、時刻はあと数時間で正午といった頃合いだ。
電車も順調に動いているし、オフィスでやることもないならまっすぐ家に帰るべきだろう。尋ねると、Aちゃんはパッと顔を上げて頷いた。
「そうですね。いつまでもいるわけにもいきませんし」
別に俺はあと何泊しても構わないのだけれど、まさか口にするわけにもいかず。
「そう」と短く返すと、Aちゃんはてきぱきと荷物をまとめ始めた。携帯を眺めているのは時刻表の確認だろうか。
……と思えば携帯を掲げ、彼女はにっこりと笑った。掲げられたそれに映し出されているのは誰かとのメッセージ画面で。
「あ、最寄りまで彼が来てくれるらしいです。助かりました」
……ああ、だからそんなに幸せそうな顔。すとんと腑に落ちた自分に呆れてしまう。
羨ましいったらありゃしない。妬ましい。
何が彼女をそこまで惹き付けているのだろう。俺だって、彼女を想う気持ちなら十二分にあるつもりなのだ。
僅かに、でも確かに積み重なっている嫉妬が喉元を超えた。「そう」と口角を上げたつもりだけれど、きちんと笑えているかすらも分からない。
でも、だから。
これを大義名分にするつもりはないけれど、ちょっとくらいなら許されたっていいだろう。
彼らの、彼女らの関係に多少の亀裂を入れることくらい、別に問題ないと思うのだ。
十分耐えただろう。
十分、苦しんだだろう。俺は。
「Aちゃん」
俺の横を抜け、オフィスを出ようとする彼女を呼び止めた。立ち止まれど、Aちゃんは振り返らない。
知っている。
彼女の態度が少しだけ変わったこと。
距離がほんの少し空いていること。
目が合わなくなったこと。
暖房が付いた室内で、彼氏宛のメッセージを打つ指が震えていたこと。
Aちゃんはとっても気配りができて、想い人に一途になれる子だ。そんなところが好きだ。
だから、俺の好きなAちゃんは。
親切で優しくて、誰も傷付けたがらない彼女は。
───例えあの時起きていたとて、決して目を開けるなんてことしないのだ。
「……ね、起きてたんでしょ?」
振り返ってくれない後ろ姿を見つめ、でも確かにそう口にした。
彼女が震えたのは錯覚か現実か陽炎か、そんなことどうでも良い。
もうどうだって良かった。
俺を意識してくれるなら、どうだって。
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山田 - 本当にお話を考えるのもそれを文章にするのもお上手でただただ尊敬です… (2022年10月12日 0時) (レス) @page24 id: 5e51f51780 (このIDを非表示/違反報告)
あー - 河村さんの話がめっちゃ良かったです! (2020年8月21日 18時) (レス) id: e630ce1c5f (このIDを非表示/違反報告)
宙(プロフ) - 290円様。あなたの三角関係系の小説すごく好きです。もちろん他の作品も好きですが、これらは小説としての魅力がずば抜けてます。あとたまに読み手に一抹の恐怖を与える作品も最高です。起承転結がしっかりしていて大好きです。まとまりのない長文を失礼致しました。 (2020年1月29日 3時) (レス) id: e047a9674f (このIDを非表示/違反報告)
むー - 好きすぎて更新されるたび心の中でガッツポーズしております。これからも楽しみにしてます…! (2020年1月22日 21時) (レス) id: 1dbbe6e605 (このIDを非表示/違反報告)
めろぱん - コメント見て頂けたようで嬉しいです!後日談楽しみにしてます…ありがとうございます…あと他の方もコメントされてますがキューピッドの続編のキャロルもめっちゃすきです…悲恋系のお話大好物なので最高です…心を鷲掴みにされました。こちらのifも楽しみにしてます! (2020年1月15日 0時) (レス) id: 18726b033e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:290円 | 作成日時:2019年9月25日 17時