兄弟のかたち ページ42
『ははっ!ほんとに来ちゃった』
今俺は、すべてから解き放たれたような多幸感に包まれていた。と言うか、こんな自由を許されていること自体に幸せを感じていた。ほとんど日は沈んだが俺の気分は今からパーリナイだ!
水面に顔を覗かせる。ゆらゆらと揺らめく自分の顔がおかしくて仕方なかった。
飛び込みたい衝動に駆られたが、流石にまずいかな。
水を撫で、そして三日月をすくう。
手から零れ落ちるそれを見ていた。するとなぜだか先ほどまでの興奮は治まり、川の中に帰っていった船に手を伸ばす。
『まって』
後を追うように川へ飛沫を上げて吸い込まれいった。
上へ上へと昇っていく付和雷同の水晶たちをすれ違いで見送る。
水面下から見上げる月もそれはまた美しく、水中に揺蕩う月光が重なり春先のおぼろ月を彷彿とさせた。体を覆うひんやりとも涼し気な感覚。ゆっくりと沈んでいく実感も相まって、それこそ眠りにつく前のような安らかな心地よさに襲われる。
そして、川の底にたどり着いたとき、こう考えた。
_"このまま死んでしまうんじゃなかろうか。"
そうとも思えるくらい、この青の世界は美しかった。
現世とは遠く離れたこの場で、静かに目を閉じた。どうせ死にやしないのだ。少しくらいこの黄泉の国を堪能したって誰も文句は言わないよ。
そうして身を投じていたとき、唐突に静寂は破られた。
だれかが川に入ってきたのだ。逆光のせいでだれかわからないが、大人ではないのは確かだ。
腕を掴まれる。その衝撃で砂が舞い、月光と砂塵とが混ざり混沌としたこの世界は不意に穴を開け、放り出した。そのまま河原まで引っ張られる。
「なにしてるんだ!」
そうにまでなってはじめて川から引き揚げてきたのが朧さんだと言うのに気付いた。
「川の底で動かないなんて死にたいのか?」
あまりに懸命で見たことのない焦りように、不謹慎ながら面白いと思ってしまった。
『いや、死なないし良いかなと思ってしまって...』
それを聞くと、助けに来て損をしたと大きなため息をつかれる。
「そういう事じゃないだろ。他人じゃないんだぞ俺たちは」
『すいません...』
調子に乗りすぎた。申し訳ないことをさせてしまった。
すると頭に何か感覚がした。撫でられているんだ。
「生きててくれて良かった」
ただそれだけ言った歩いて行った。
『ま、まって!その..."兄さん"!』
沈黙が走る。
「...好きに呼べ」
『!、はい!』
その背中を追いかけて走っていった。
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作者名:男主愛好家 x他1人 | 作成日時:2020年11月1日 13時