不安はあると思います ページ38
「起きてください」
耳元の声に夢から現実に戻される。目を擦り、目の前を見ればこう書いてあった。
_"松下村塾"。
ゆっくり地に降ろされる。前を歩いていく松陽さんについていくと一人子供が出迎えてきた。
「先生お帰りなさ_」
彼が俺を見た瞬間一瞬空間が凍ったような気がした。なんも喋らないけど敵意だけはよく伝わった。
精神を摩耗しすぎてあらゆることに耐性がなくなっている...柴庭とは違うタイプの怖い人なんだろうか...
「朧、その人は前に話した私の恩人です」
それを聞いた途端態度が変わった。少なくとも敵意の目ではなくなった気がする。
そんなことを考えていたら彼は口を開いた。
「先生を助けていただきありがとうございます。あなたのお陰で今こうしていられる」
今、一瞬でも怖い人だなんて思った自分を恥じた。
『そんな、助けられたのはこっちですよ...』
直視できなかった。色んなことに臆病になっていた俺より、この子の方がよっぽど人間なんだなぁ
「朧、A、上がって下さい。話したいことがあるんです」
「はい」
よくわからず、朧と呼ばれた少年の後ろについて行った。
♯
「A。ここの塾生になりませんか」
一言そう言われた。それ以上も以下もない、とそんな感じだ。
「何か困ったことがあったら兄弟子の朧に聞きなさい」
断れる雰囲気もなくただはい、と肯定するしかなかった
♯
特にどうするでもなく外の空気を吸っていた。
困ったらなんて言われても...
『もう困ってるよ』
助けてもらった恩がある。無暗に断るなんて出来ないし、かといってここにいて俺に何ができるんだろう。
思考が巡る。
ふと、気配がして後ろを振り返るとあの少年がいた。
「バレないように近づいていたんだがな」
驚いたと、目をほんの少し大きくしながらそう言った。
「まだ名乗っていなかった。先生が何度か呼んでいらっしゃったから知っているかもしれないが。俺の名は朧だ」
『Aと言います』
「ああ、先生から聞いている」
何を話せばいいのかな、昔ならきっともっとうまくいったんだろう。どうにもいたたまれない気持ちだ。朧さんは話しかけてくれたのに...
「A」
ふいに名前を呼ばれる。
「昼飯の準備を手伝ってくれるか」
『もちろんです』
何もしないわけにもいかないし、せめてこれくらいは手伝わないと...!と、歩いて行った朧さんの背中を追いかけた。
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作者名:男主愛好家 x他1人 | 作成日時:2020年11月1日 13時