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都心から少し離れた静かで、爽やかな風が吹く場所まで無心で車を走らせ、いつもの場所に止める。
車から降りてドアを閉めると、一昨日洗車したばかりの車の窓に黒い服を着た俺が映る。こんなかっちりした服、カジュアル思考な俺には少し窮屈すぎる。
息苦しさを感じて首元を緩めるけれど、一向に苦しさからは解放されない。窓に映る俺…なんて顔してんだよ。
あまりに情けない顔をしていたから、もう見ていられなくて、歩き出す。歩いて一分もかからないうちに見えてきたのは、懐かしい風景。懐かしい波の音も聞こえる。
(…いつぶりだっけ、ここ来んの)
細い道を数十メートル歩けば、もうその先は白い砂。粒子が細かく柔らかいそれに、革靴を埋めながら歩けば、もう道路を走る車の音はほとんど聞こえない。
ズボンが汚れることなんて気にせずに、何年前に設置されたのかわからないうっすら砂の乗った古いベンチに腰をかける。
「本当…二人きりみたいだな」
いつかの言葉を思い出して、ふっと息を吐きながら言えば、脳裏で笑う。…ったく、笑ってる場合じゃねえっつの。
どこ、行っちゃったんだよ、俺に内緒で。あんまフラフラしてんなよって、あれだけ言っただろ。…なのに。
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毎年、夏にはよく一緒にこの海に来た。海水浴もしたし、ドライブの帰りに寄ったこともあった。何回来たかな…もう覚えてない。
…最後に来たのは確か、最後に二人で家に帰った日の次の日。
「…はやく、夏終わんねえかな、」
あいつとここに来れない夏なんて、夏じゃない。…隣にいないのに、夏なんて、季節なんてものあってたまるかよ。
思いながら目を閉じる。そうすればいつでもいるんだ、笑ってるあいつが。風を受けて、気持ち良いね、って笑ってるあいつが。
ーー『…本当泣き虫』
いつだったか…そうやって笑われた事があった。いつも、いつだってあいつが涙を拭ってくれたのに…最近は、泣きそうになっても また泣くの?って呆れたように笑うあいつが見当たらなくて泣くのをやめる。
涙を流す事さえ、虚しかった。もう拭いてもらえないって、わかってるから。
目を閉じればいつだってあいつはいる。…だからこそ胸が苦しくなる。別れの挨拶だってしなかった。
おまえも、しなかったな。ただ一言だけ言って、一筋だけ涙を流して、俺を置いていった。
文句くらい、言わせろよ、
「…おれの部屋に荷物増やすなって、」
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茉莉花(プロフ) - nicole155さん» 初めまして。実は中盤からちゃんと描けているか不安になっていた部分もあるので、素敵な感想を頂けてとても嬉しいです。ありがとうございます! (2018年8月14日 1時) (レス) id: 1e53697028 (このIDを非表示/違反報告)
nicole155(プロフ) - はじめまして。お話、とてもおもしろかったです。いい意味で、お話の展開がわからなさ過ぎて、とてもハラハラしました。蜃気楼がテーマだったと知って、あらためて蜃気楼リピートしてます。素敵なお話をありがとうございます。 (2018年8月8日 8時) (レス) id: 5edbe27f7b (このIDを非表示/違反報告)
茉莉花(プロフ) - なみこさん» はじめまして、コメントありがとうございます!こちらこそお読み頂きありがとうございます!え〜…嬉しいです^^笑 これからも頑張りますのでよろしくお願い致します! (2018年8月6日 14時) (レス) id: 1e53697028 (このIDを非表示/違反報告)
茉莉花(プロフ) - 白雪さん» ファンだなんて…!泣 こちらこそありがとうございます!本当に嬉しいです…これからも頑張りますのでよろしくお願い致します! (2018年8月6日 14時) (レス) id: 1e53697028 (このIDを非表示/違反報告)
なみこ(プロフ) - はじめまして!更新ありがとうございます!本当に個人的に大好きなお話なので更新されるたびに声が出てしまいます笑 これからも楽しみにしております! (2018年7月23日 15時) (レス) id: 3a6b1b4e2c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:茉莉花 | 作成日時:2018年7月5日 18時