囚われ女のエンヴィー (ページ21)

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結城中佐が一綴りのファイルをデスクの上に滑らせた。ファイル名は内海脩。それが今回の作戦で用いる偽名というわけだ。ファイルの中の書類には、作戦中に身にまとうべき偽の経歴の詳細が記されている。

　ファイルを受け取った瞬間から作戦は開始される。内海はファイルを開き書類をめくりながら顔も上げずに尋ねた。「今回の作戦目的は何です。イギリスの暗号解読チームの監視にはすでに別の奴を派遣したはずだと思いましたが」補佐任務などごめんだと言外にそう滲ませた。

　結城中佐は表情一つ変えず別のファイルを寄越した報告書冒頭に一枚の写真がペーパークリップでとめてあった。隠し撮りされたものらしい写真の中央に横向きの男の顔が赤く丸で囲まれている。ルイス・クラウド「先の欧州での戦争の際英国秘密諜報機関に雇われドイツの暗号解読に活躍した男だ」

　結城中佐は感情のない低い声で要点を告げた。専門は言語学で戦争終結後も大学には戻らず、英国秘密諜報機関で暗号解読の中心的人物として活活躍。暗号名は教授〈ザ・プロフ〉「彼が最近イギリス国内から姿を消した。変装して日本に入国するつもりらしい」内海は初めてファイルから顔を上げ、写真を指で弾いて尋ねた。「それで、こいつをどうしろというのです」

　「日本に来させるな」なるほど、内海は唇の端を軽く引き下げた。要するに今回の任務は何者かに変装して日本に入国しようとする、イギリス人スパイを特定し接触。彼に日本への入国を断念させることというわけだ。言うだけなら実に簡単である。問題は彼がどんな変装をしているのか不明なことだ。

　内海はファイルに挟まれていたマクラウドの写真を手にとった。外見の手掛かりは隠し撮りされた写真一枚だけだがどうせ顔を変えている。特徴だけ押さえられれば良い。結城中佐は机の上に両肘をつき指を組んで甘利を眺めている。「できるか」などという修辞的疑問文は不要であった。「できるな」と聞かれているも同然。

　「それで、具体的にはどうやります」甘利の言葉に「マクラウドはアメリカに渡った状況を考えれば日本に来るには太平洋経由の船便しかありえない。船上で奴を捕捉して、ハワイで下船させろ。貴様はそのまま日本に。マクラウドの身柄は現地の者が引き継ぐ」そう言って今後の流れは決まった。拘束し、無効化する。ここで教わった対スパイ作戦の基本だ。