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12枚目 ページ12

午後一時十八分。左舷舷門下に横付けされたイギリス軍艦の短艇からライフジャケットをつけた男たちが次々に縄梯子を上がって、朱鷺丸の甲板に姿を現した。服装から判断する限り、平和な海に招かれざる客人たちは士官クラス三名、水兵九名の合計十二名。


 全員が拳銃、もしくは軽機関銃で武装している。左舷下に繋がれた短艇にはさらに、同様の装備の士官一名と水兵五名の姿が見えた。ちらりと確認できる範囲での話だ。向こうの軍艦から一斉に乗り込まれでもしたら、どの程度なのかは分からない。


 船橋から降りてきた湯浅船長が、一頭甲板上でイギリス人士官三名と向き合った。船長の背後には、原一等航海士、以下朱鷺丸乗員二名。残念ながら、日本側はいずれも丸腰である。「航海中、このような形で停船させたことは大変申し訳なく思います」ですが、貴戦には我が大英帝国の敵国人が乗っているという情報が寄せられております。事実であれば、その者たちを引き渡して頂きたい。


 慇懃ながら有無を言わさぬ強引な態度。いかにもイギリス人らしい。湯浅船長は臆せず続けた。「言っている意味がわかりかねる。敵国人と言うのは誰にことか」戦争真っ只中に向かっている時代に敵国人などと言う言葉は些か直接的すぎるだろう。「これは然り。敵国人が、現在我が大英帝国と交戦中であるドイツ国民一般を指すのは自明の事でありましょう改めて尋ねます。この船に、ドイツ人船客は乗っていますか」イギリス士官の言葉に湯浅船長は「確かにドイツ国籍のお客様はいらっしゃいます」と答える。


 ならば、と続けるイギリス士官に湯浅船長は要求を跳ねた。「私の方には引き渡す理由はない。国際法上、引き渡しを要求できるのは軍人及び軍属に限るはずだ」湯浅船長の言い分は最もだ。ドイツ国籍の者など出航まえに駆け込みで乗ってきた男たちが頭に浮かぶが、湯浅船長はその者たちがドイツ国籍でもイギリスと戦火があろうが。乗客の一人として扱っているのだ。


 「この船に乗っているドイツ人は軍属であると、我々は認定しています」身分も明かさないイギリス士官にこうも理不尽な言い分をされても湯浅船長は折れなかった。「ドイツ人だから軍属だと言うのは理由にならないそもそもドイツ国籍を持つ船客の多くは婦人や子供たちだ。彼らが軍属というのは、国際法上からと言っても理屈に合わない」決して感情的にはならない。

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作者名:カナリアナ | 作成日時:2019年3月28日 23時

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