〃【2】 ページ16
男の目の前スレスレの位置で、力任せにひび割れたコンクリートに突き立てた小型のナイフ。サイズはさほど大きくないが十分な殺傷力がある。目の前のものが何なのか気付いた男は、先程の勢いが嘘のようにガタガタと震え始めた。
あんな言葉、今まで飽きる程聞いてきた。普段ならこれくらいの戯れ言には耳も貸さない。
なのに、中々口を割らない苛立ちのせいか、蓄積された疲労のせいか、嫌に神経を逆撫でされる。ドタマに振り下ろさなかっただけ感謝してほしい。
「誰を相手にしてるのか分かっていないようだな。私は生憎正義の味方なんかじゃない。この街を仕切る梔子組だ」
組を守る為ならば、何だってやってやる。誰に何を言われようが、どう思われようが関係ない。
「家族のためと言うのなら、金を得る手段を間違えたな。この街でヤクに関わる事は、私達を敵に回すのと同義。その覚悟もないのに金に目が眩んだお前の責任だ。その結果お前の家族がどうなろうが、知った事じゃないね」
関係ない、それなのに、
「っ…人の心がねぇのかよ…」
ぽつりと呟かれた言葉に、妙に胸がざわついてしまった。
「おいてめぇ、俺達が黙って聞いてりゃベラベラ好き勝手言いやがって!!!!!」
「お嬢に舐めた口聞いてんじゃねぇぞ!!!!」
後ろに控えていた舎弟が、我慢ならないとばかりに声を荒らげ、男に詰め寄った。それと入れ替わるようにその場から背を向け歩き出す。
「…興醒めだ、先に戻る」
戦意は削ぎ落としたはずだ。後はくたばらない程度に根城を吐くまで追い詰めるだけ。私じゃなくてもいい。
何より、一刻も早くこの場を立ち去りたい。
入り口にいる見張り役の舎弟が私に向かって軽く一礼する。
「車を回させます」
「いや、いい」
「ですが、」
「いい、と言ったんだ。二度言わせるな」
黙らせる様にギロリと睨めつけると、一瞬息を詰まらせ一歩下がった。
「…すみません、出過ぎた真似でした。お気を付けて」
それに返事をする事なく、錆びた扉を押して外に出る。
暗さに慣れた目に、容赦なく日差しが刺さり思わず舌打ちが出た。
何時もなら清々しいと思うこの気候も、今の私には眩しすぎて、荒れた気持ちを逆撫でするばかりだった。
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作者名:和三盆糖 | 作成日時:2020年10月18日 20時