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「水神様──文通相手があなたなのは知っていました。あなたは川の向こうの自然を知っていた。しかし身分を明かすことなくわたくしの良き友人となってくださって」
わたくし、とてもうれしかったわ。
心の籠っていない、どこか虚ろな笑みをAは浮かべる。何度も見たいと願った、天乃の想い人の笑顔だった。
「わたくしのこの衣装、見てください──奇麗でしょう？わたくし、あなたのお嫁となって死ぬためにここにいるんだわ。そうしたらこの村の干ばつは終わると長老様はおっしゃったわ」
「まっ、まってや、おれの嫁となって死ぬ、って……それで雨が降る、っ？人間は…ほんまにそんなこと信じとるん？」
「縋るものがこれしかないのだわ。水神様に救われているわたくしたちはこうしてあなたの機嫌をとって、自分勝手な願いを聞いてもらうほかない」
天乃は今度こそ、絶句した。
橋のむこうでは自身がこんな扱いを受けていたなんて！崇められているのは何となく知っていても、こうまで彼らが天乃を大きな存在として見ていることは知らなかった。たった三月のあいだ雨を降らさないでいるだけで彼らは死んでしまうのか。
そうして、
「あんさんだけを置いて、自分たちはほかの土地へ……って、そんなん…」
「伝統というものかしら。村の少女は十五になったら稀にひとり生贄に選ばれてあなたのもとへゆくわ。大抵は橋を渡る途中で恐ろしくなって身を投げるのだけれど」
天乃は、橋の向こう側へやってきた生贄の少女とやらには一度も会ったことがない。一体いままで何人の少女が川へ身を投げたのか、天乃は奥歯をかみ締めた。
なんて我儘なのだろう、人間というものは。
神に祈ったら神がすべてを叶えてくれると思ったか？女子の捧げものを神が喜ぶと思ったか。そうではなくて──神だって、神とはいえ、対等に接してくれる友人を欲しているだけなのに。
「…あんさんは……どう、したいん」
「わたくしはこのまま死ぬわ。あなたの手で死にたいわ──わかるでしょう、ね、文通相手の天乃さん。」
いやだ、とは言いがたかった。まっすぐなAの瞳に当てられて、天乃はくらくらしたまま彼女の首に手をかけた。半年ほどのあいだ、彼女と交わした数多の文字を思い出す。
いまから彼女を殺そうという天乃の手に、Aの細指がやさしく触れた。ゆっくりと瞳が閉じられる。
「……すき、やったで」
やわい首へと添えた手に、ぎゅうと力を込める。
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