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天乃はその日どうにも落ち着かずにうろうろと外を歩きまわっていた。
彼女からの文が二ヶ月、届いていない。
天乃は己の初恋を自覚してからも、けしてそれを全面に出すことなく、今までの関係を保つことに務めていた。会いたいと記したことは後にも先にも一度だけだ。
彼女はいままでどんなに長くてもひと月返事を寄越さないことはなかった。天乃は毎日毎日、日が沈むまで、橋の前と自らの祠をせわしなく行き来している。
虫の知らせだなんて信じないたちだったけれど、言うなれば神の実感というのだろうか、己の統治する かの集落がどうもおかしいことは何となく理解していた。
(……でもおれは、橋を渡れへんから)
言い訳だった。
橋を渡って、彼女が死んでいたらと思うと──いや、正直に心境を吐露するのなら、ほんとうに天乃が恐怖しているのは彼女に拒絶されることだった。
天乃は腐っても神であって人では無いから、それを理由にAに拒まれるのが恐ろしかった。
所詮天乃は弱虫で人嫌いの神崩れで、手紙越しにしか好いた女とも関われないような小心者であった。いや、
「手紙越しですら、おれは」
Aがすきだと出来心で記した便箋はまだ、残っている。捨てるに捨てられず破るに破れず、けれど自らの穢れた欲を見えるところに置きたくなくて隅へ追いやった。
天乃はいつもそうだ──見たくないものは川の向こうへ追いやって、石の下に隠して、雨を降らして有耶無耶にして、そうして生きてきた。
そういえば、ここふた月ほど、雨を降らしていない。
*
それからまたひと月が経って、天乃はいま橋の前に立っていた。向こう岸には何ともどんよりと沈んだ集落が見えている。
なんの心変わりか──と笑われても構わない、天乃は恋した女からこれ以上目を背ける訳にはいかなくて。
「いまから行くから、な、A」
震える足で橋をゆっくり渡っていくと、集落に近づくにつれ空気が重くなってゆくのを肌でちりちりと感じた。またこのひと月も雨は降らなかった。だからか、やけに空気が乾いている。
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