タイムスリップ-tn- ページ3
.
これを愛と言うには何も無さすぎて、しかし恋と言うにはそれほど綺麗ではない。
初めての感情に戸惑ったのは、大学二年の時だった。
「よろしくお願いします、先生」
「ただの大学生や、先生なんて呼ばんくてええ」
「わかったトントン」
「呼び捨て早」
母親の知り合いが娘の家庭教師を探していたそうで、丁度小遣い稼ぎでもするかと求人雑誌をめくっていた自分に声が掛かった。
中学二年の勉強ぐらいならと軽い気持ちで引き受け、ちょっと緊張しながら挨拶をしたらこれだ。
大学生に向かって呼び捨て出来るんなら上出来やな。
「ほな、Aさん」
「トントンが私にさん付けするんかーい」
「せやけど、いきなり呼び捨てするんはセクハラやろ」
「そっか。じゃあ呼び捨てにしてくださいせんせー」
「は？」
「堅苦しいの、ムズムズすんねん。本人がそうしてくれって言ってるんやからセクハラちゃうやろ」
随分調子のええ教え子やな。まあ、リラックスして勉強出来るならそれに越したことはないけども。
今日は初日ということもあり、様子見も兼ねて時間は短く設定した。
男と二人きりやし、親御さんもその方が安心するやろ、知らんけど。
「まずは現状把握からやな、今どこやってんねん」
「あー、教科書はこれやで」
「おん。あとは……テスト用紙、見せてみぃ」
「……え」
今授業でどこをやっているか、どこが苦手なのか、あと直近のテストの点とか。
今の実力を知らないと教えるもんも教えられへんし仕方ないやろ。
恥ずかしそうにテスト用紙を出す様子は、ちょっと可愛かった。恥じらいはあるんやな。
「……ほーん」
「ちょっと、何か言ってくださいよ」
「いや、なにかって言われても、何も言えへんくらい酷いっちゅうことやから察してくれ」
「そこまで言えって言ってへんやろが」
バツが多いテスト用紙。右上にはゼロが足りない数字。中学生でこんな点数とるのは逆に難しいと思う、なんてまた素直に言ったら怒るんやろうから言わへんけど、それぐらいの点数。
でも今のうちにわからないところを潰せたら、高校入試には間に合うか。
「お前、早いうちに俺に出会えてよかったなあ」
「どういうこと」
「お母さんに感謝せえ」
「え、ありがとうお母さん……？」
「素直か」
週に二回、三時間。それを高校入試が終わるまで。二年にも満たないこの時間が俺のかけがえのない思い出になるなんて、この時の自分は知る由も無かった。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 57人がお気に入り
お気に入り作者に追加
「wrwrd」関連の作品
この作品を含むプレイリスト ( リスト作成 )
この作品を含むプレイリスト 
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
