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朝食を作ろうとしていたところ、インターホンが鳴った。
壁掛けの時計を見ると、まだ7時過ぎだった。
こんな朝から誰だろう。
なんて考えている間にもまた鳴った。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン……。
『ああもう、うるさいな!』
連続で繰り返し鳴り響くインターホンに苛立ち、火を止めて玄関に向かった。
『誰!?』
怒りのままにガチャっと勢いよくドアを開けると、真っ先に目に飛び込んできた赤色。
『おはよー、Aちゃん』
彼のにこやかな笑みを見た瞬間、頭の中が真っ白になった。
驚きに固まって、金縛りに遭ったみたいに身体が動かなくなる。
直ぐにドアを閉めれば良かったのに、それも出来ない。
『え、エイジ、くん……』
辛うじて唇を動かすことは出来た。
『あ、俺の名前覚えててくれたんだ。 嬉しいー』
なんて、大して嬉しくもなさそうに言う彼。
心臓が早鐘を打つ。
背筋がヒヤリとして、その直後に全身にじわじわ広がる熱。
やって、しまった……。
どう取り繕ってももう手遅れだ。
見られてしまった。 私の“素”。
すっぴんも、適当に一つにまとめただけの髪も、よれたスウェットという部屋着も。
本当は可愛げの欠片もないこの性格も。
『Aちゃんって、実はそんな感じなんだね』
なんて、エイジくんは笑う。
『な、何のことですか……?』
咄嗟に浮かべた笑顔も引きつる。
「変な顔ー」と彼はまた笑った。 失礼な。
でも、今のは自分でも思った。
『疲れるでしょ。 ……もうやめたら?』
不意にエイジくんが笑みを消した。
『……』
強張っていた腕から力が抜けた。
私もぎこちない笑顔を消し、ため息をつく。
『……何しに来たの』
睨みつけるように彼を見上げた。
『おー、昨日と全然違う』
けらけらと笑う彼に苛立ちが募ったのは、たぶん焦っているから。
誰にも、女友だちにさえ見せていないこの“素”の部分を、まさか出会って間もないエイジくんに晒すことになるなんて。
不本意だけど、誰にも言わないで、と土下座するべきだろうか。
いや、でも……。
ふとエイジくんの目を見つめた。
彼が面白がって、私の隠したがっている醜態を言いふらし、誰かと共有して笑うとは思えない。 そんな人には見えない。
だから、何も言わなくても黙っていてくれそうな気がする。
それは私のわがままな、ただの願望だろうか。
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作者名:小桜ふわ | 作成日時:2019年9月28日 19時