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「…なんだよ、その軽蔑するような目は」
「いや…言うてること何一つわからへんから」
「君にも辞書の良さが分かる日が来るさ」
辞書について熱弁をされてしまったけど、凡人の俺にとっては辞書なんか文字が詰まっていて目にも留めたくないような代物だ。
別に嫌いってわけや無いけど、読み物として読みたいと思わない。
そんな俺の思いとは裏腹に、カバンから使い古しているであろう辞書を引っ張り出してきて、付箋が貼ってある場所を指でなぞったり、適当な語句を調べたりしている。
あんなに風に目的の語句を見つけ出せるかも曖昧な俺は、Aの辞書を引く速さに身慄いする。
「寄り目くんに問題です」
「うぇ？」
「この漢字はなんと読むでしょうか」
パラパラと軽快に音を立てて辞書をめくり、振り仮名を隠して俺に二字熟語を見せてきた。
Aは漢検を持っていたはずだ。確か結構上の方の。
…同じ年とはいえ、侮れない。
Aが見せてきたものは見慣れない漢字だった。
恋に…慕う？
活字を見る習慣がない俺は意味さえわかったものの、読み方がわからなかった。
「こいしたう！」
「送り仮名ついてないでしょ〜。
正解はれんぼ、だよ」
「…恋慕？」
恋をれんと読むとは、おしゃれな読み方や。
率直にそう思った。
意味はそのままらしく、漢字を見ても理解し難い問題がくるかと思ったら、そうではなかったことに少し驚く。
「漢字の見た目も意味も綺麗だよね。
でもさ、この説明読んでみてよ」
そう言ったAの指を追いかけて、恋慕の説明を読む。
「…特定の異性を恋い慕うこと」
これを読ませたことにどれだけの意味が詰まっていたかは、流石の俺でもわかった。
「特定の"異性"だなんて、よくもまぁ時代に逸れたことを言うよね」
「…ほんまやな。これ古い辞書？」
「そうそう。ちょっと古めなの。新しいものだと、こんな表記無くなってるかな」
Aの表情は自嘲しているような、そんな昏いものだった。言葉にせずとも分かってしまったAの心情に、俺はなんと言い出したら良いかわからない。
「もしかして、特定の
ぽつりと虚空に息を吐くようにAは呟いた。
人生でこんな場面を見たことも、なったこともない幸せな俺は、幸せで仕方なかった過去の俺を少し呪った。
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作者名：ひるた | 作成日時：2023年1月28日 1時
