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袋井のその言葉に、Aは有り得ないと言わんばかりに目を見開いた。そんな反応をされても、袋井は別に演劇に精通している訳では無いので、有名な台本であることだし、特段難しい役という訳でもないだろうとしか思えないのだが。
｢む、難しいのよ？！｣
｢俺は演劇部じゃねえし｣
｢むむっ、そりゃあそう……でも難しいったら難しいの｣
｢そーかよ｣
興味なさげな、おざなりな袋井の相槌に、Aは君の方から聞いてきたのにっ！と頬を膨らませる。そうすると、何だか彼女の低い身長も相まって、まるで高校生には見えなかった。袋井はそれに、ふっと頬を緩ませる。ちょっと面白かった。子供がスーパーのお菓子コーナーで地団駄踏んでいるみたいで。
袋井は、床に座り込んだ。それは、彼女とまだ話すということを暗に伝えるような仕草であったし、Aもそれを正しく受け取った。全く！と文句を言いつつも、彼女もハンカチをその場に引いて、その上に腰を下ろし、小ちゃくなった。
｢で、どこが難しいんだ｣
｢それ聞いちゃう？｣
｢聞くものなんざそれくらいしかねぇだろ｣
｢じゃあなんで座ったのさ……｣
呆れながらも、Aは楽しげにからからと笑った。気の抜けた彼女の笑顔に、袋井は何だかむず痒い気持ちになった。近所の野良猫が、ちゅーるも持っていない自分に寄ってきてくれた時のような感覚だった。
｢じゃ、ドア閉めて｣
｢何でだよ｣
｢聞かれたくないのよ｣
｢仕方ねえな……｣
何でだと言いつつも、素直に自分の言葉に従ってくれる袋井に、Aもまたむず痒い気持ちになった。近所の野良猫が、つっけんどんな態度のくせにしっぽを腕に滑らせてきた時のような感覚だった。
半開きだったドアが完全に閉められて、伽藍堂の空き教室は密室になった。ここで殺されたら誰も気が付かないなと、そんな物騒なことを、Aは考えた。
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作者名：ジンジャエール | 作成日時：2023年11月1日 21時
