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「……」
夜、月を見上げる。
懐かしい記憶が頭をよぎっていた。それらは遥か昔のようにも感じるし、つい最近のことのようにも感じる。
結局、その後猗窩座さんとの対戦はすべて勝利した。勝利を重ねるたびに、猗窩座さんの確信めいた瞳が鈍くきらめくから、なんだか居心地が悪かった。
私は別に、世間一般における特別になりたいわけじゃない。この世の誰の記憶にも残らないような人間だったとしても構わない。ただ一人、無惨さまだけが私を知っていてくれればそれでいい。私が求めるのは、無惨さまの特別だけだ。
月を見上げる。
猗窩座さんは隣の部屋で万一に備え待機している。私は守られている。夜の風に、無惨さまの息遣いを思う。
思い出さなければならない距離感が悲しい。
無惨さまの残した跡は、首筋の噛み跡は、もうすぐ消えてしまいそうなくらい薄れている。
私は机に座り込んで何気なく紙を手に取った。手紙を書こうと思ったのだ。
季節の移り変わりを綴る言葉に始まり、無惨さまが理解してくれないジョークを交えながら、今の気持ちをつらつらと綴っていく。寂しさ、猗窩座さんへの信頼感、今日知った自分について。書くことはたくさんある。書ききって、私はその手紙を手に取り、ため息を吐いた。
手紙、書いたはいいが、宛先が分からない。
思えば、無惨さまはいまどこにいるのだろう。
無惨さまは私をたくさん知っている。けれど、私はどれほど無惨さまを知っている?
対等になりたいわけではない。そんなもの望まない。行き先を教えないことすらおそらく無惨さまの思いがあってこそなのだ。
分かってはいるけれど、それでも。
ふいに涙が出そうになった。
私はそのまま机に突っ伏し、目を閉じた。
寒い寒い夜だ、無惨さまがいない。
ふかい、ふかい眠りに落ちる。
身体がなにかに包まれる。
あたたかい。
柔らかな浮遊感。
涙のにじむ目尻に、なにかが触れる。
吸い寄せられる。
あたたかい、その瞳はきっと赤い。
離れる、手が離れる。
ぬくもりが、遠ざかる。
あぁ、いかないで。
離れないで、置いていかないで。
「……無惨さま」
言って、何かを掴んで、私はぼんやりと目を開いた。太い腕、少し困ったように寄せられた眉、瞳に映る『参』の文字。
「……あ」
私は掴んでいた腕をおずおずと離すと、困惑した顔の猗窩座さんを見上げた。
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モブちゃん - 無惨様、優しい!マジで素敵な作品です。更新、頑張ってください。 (2020年11月8日 21時) (レス) id: 2f84cbf165 (このIDを非表示/違反報告)
かめ(プロフ) - 無惨様大好きです!というか鬼陣営好きすぎるので、鬼贔屓な作品は本当に嬉しくて…しかも内容も面白く!素敵な作品ありがとうございます! (2020年7月6日 22時) (レス) id: 0b12b82150 (このIDを非表示/違反報告)
りんご - 好きですありがとうございます (2020年4月25日 3時) (レス) id: aef362accb (このIDを非表示/違反報告)
きの(プロフ) - そこらへんの小説なんかより面白すぎて泣いてます…天才ですか…?! (2020年3月24日 22時) (レス) id: 2bb340e5dc (このIDを非表示/違反報告)
hina - ああああああ神なんですか!?いや神なんだよねそうに違いない (2020年1月20日 18時) (レス) id: c01e14d75d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きりんの木 | 作成日時:2019年10月22日 21時