第四十二話 ページ43
*
目が覚めたら、自分の部屋のベッドの中だった。身体は綺麗に清められているけれど、身体のそこかしこには怪我の余韻が残っていた。胸の痛みに気がついて、少ししてこれが喪失の痛みだと理解した。大切なものを失った胸の痛みだ。
机の上には私がバーに置きっぱなしにしていたエプロンや掃除道具が並んでいた。夢じゃなくて、現実なんだと知らしめられているようで悲しかった。
呆れられたのだ、きっと。あんなに怒られてすぐにこのザマだもの。むしろここまで続けてこれたのはトムラさんの優しさだ。
青いクマの人形を抱きしめる。このクマ以外、私の味方はこの家にいない。父が逃げてしまった私が持つのは、ふとした瞬間鬼と化する母の遺伝子だけなのだから。
＿＿母は、今は病院にいる。私は会うことが出来ない。繊細な人だったらしい、この世界で生きていくには心が柔らかすぎた。だから母は、ふとその限界をむかえた瞬間、私や父や親戚の人に暴力をふるった。普段の笑顔とは似ても似つかない顔で。
幼かった私はしかし、母のその姿を受け入れていた。未だに抜け出せないトラウマや、その記憶に苦しめられることはない。ただ、悲しいとき、母のことを思っているとき、誰かにそばにいて欲しいだけなのだ。
引き取られた親戚は夜な夜な、母の話を肴としてお酒を飲んでいる。私は聞きたくなくて、いつも布団に潜りこんでいた。
しかしもう、何もかもが遠く感じた。母が病院に行く日も、買い物に行くと言った父の最後の姿を見た日も、こんなに胸は苦しくならなかった。
私はきっと、知ってしまったのだ。
トムラさんから教わってしまったのだ。
この死にも似た感覚は、愛なんだと。
◇◇
数日間、私はぼんやりと過ごした。ただ虚無の中で生きた。どんなに心が深く沈もうとも、なぜかバーに行くことは出来なかった。はっきりと拒絶されることが、怖かったのかもしれない。
しだいに私の心には理不尽な怒りが湧いてきた。トムラさんはバカだ。大バカだ。私が居なければ、あの二人はまともに洗濯も出来ないだろうに。しかしそこで、私ではない誰かが＿＿新しく雇われた家政婦が朗らかと働く様子を想像しては、心が沈んだ。
そんなことを繰り返していたある日のことだ、道の端によれよれになって落ちている、一枚の求人の貼り紙を見つけたのは。
いつの日かを彷彿とさせるそれに書かれた電話番号に、気がつけば私はヤケクソになって電話していたのだった。
*
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 1184人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「ヒロアカ」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ちゃこ(プロフ) - うぅ…好きです！！今なら私も花咲かせられそうです😭！前から気になっていた弔くん…無事推しになりましたありがとうございます！！ (2022年5月25日 5時) (
レス) @page50 id: e4e61dc8c5 (このIDを非表示/違反報告)
mikitty(プロフ) - 完結おめでとうございます！最高でした！ (2020年8月18日 1時) (レス) id: 05ebd46207 (このIDを非表示/違反報告)
弥生 - はなかっぱ… (2020年2月4日 3時) (レス) id: 86c077b51d (このIDを非表示/違反報告)
りん(プロフ) - すごく良かったです！！！死柄木君の小説は初めてだったんですけど、もう最高すぎました！！ (2019年11月5日 22時) (レス) id: a8dea294c9 (このIDを非表示/違反報告)
オーバー - 完結おめでとうございます！最後までキュンキュンさせていただきました！！ 占ツクを徘徊していた時に、とんでもなく良いこの作品を見つけてからは、ずっと応援していました(´ω`*) もちろんこれからも応援しています、頑張ってください！！ (2019年8月25日 22時) (レス) id: 50e4bb27d4 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：きりんの木
| 作成日時：2019年6月13日 19時
