第三十話 ページ31
*
「……A」
もう一度そう呟いた。今度は喘ぐように言うので、私は無意識に肩が少し震えた。黒く濡れた闇に浮かぶトムラさんはかつて見た野生動物のようなぴりぴりした目をしていた。トムラさんに言いたいことがあるけれど、言葉が出てこない。喉が張り付いたようだった。
しばらく沈黙をおいて、トムラさんはポツリと呟いた。
「誰だ、アイツ」
重々しい秘密を話すみたいな口調だった。私はしばらくぽかんとしていたけれど、アイツがさっきの酔っ払いだと気がついて、ふっと肩の力を抜いた。
「……ありがとう、ございます」
質問の返事になっていない私の応答に、トムラさんは眉を寄せた。私としては、さっきから言いたかった言葉なので、喉の張り付きがとれたような気持ちだった。
「さっきの人、知らない人です。困った酔っ払い。急に絡まれて＿＿」
そこでふと、言葉がとまる。
「……怖かった？」
続かない言葉を補うようにトムラさんがそう言う。怖かった？ 私は怖いと、感じていた？
脳裏に浮かぶ、あの酔っ払い。酒の臭う呼気、赤らんだ鼻先、どろりと濁った瞳。恐怖を感じるはず、普段の私ならば。
＿＿でもあのとき私は、全然怖くなかった。怯みもしなかった。なぜだろう、なぜあんなに危ない人に絡まれて、腕まで掴まれたのに、恐怖を感じなかった？
あぁ。
そうか。
ぼんやりしていた頬の輪郭が、ようやくハッキリした。
「トムラさんが、来てくれるって信じてたんです。
……だから」
怖くなかったです。
ふわり、花が芽吹いた。視界の端をひらひらと花が舞う。耳をかすめ、肩をかすめ、トムラさんの瞳がそれを追う。
「ありがとうございます」
トムラさんは瞠目した。
そしてゆっくりと私の頬を両の手で包むと、ぐっと自分の方に引き寄せる。近い距離で、驚いた顔のトムラさんに見おろされる。トムラさんがうっすらと口を開くと、ちらりと鋭い八重歯が覗いた。
トムラさんの顔が近付く、吸い寄せられる。
ゆっくり、あまりにゆっくりと時が流れる。スローモーションみたいに私達は近寄ると、やがてその距離が埋まる。
寸前。
ドン、と爆発音がした。
身体を硬直させるトムラさん。私もつられて肩を震わせると、トムラさんの向こうの空が色彩豊かに花開いているのを見つけた。
「あ……トムラさん、花火ですよ！」
トムラさんは私の言葉に目をつぶると、なぜか少し残念そうに私のほっぺをつねった。
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ちゃこ(プロフ) - うぅ…好きです！！今なら私も花咲かせられそうです😭！前から気になっていた弔くん…無事推しになりましたありがとうございます！！ (2022年5月25日 5時) (
レス) @page50 id: e4e61dc8c5 (このIDを非表示/違反報告)
mikitty(プロフ) - 完結おめでとうございます！最高でした！ (2020年8月18日 1時) (レス) id: 05ebd46207 (このIDを非表示/違反報告)
弥生 - はなかっぱ… (2020年2月4日 3時) (レス) id: 86c077b51d (このIDを非表示/違反報告)
りん(プロフ) - すごく良かったです！！！死柄木君の小説は初めてだったんですけど、もう最高すぎました！！ (2019年11月5日 22時) (レス) id: a8dea294c9 (このIDを非表示/違反報告)
オーバー - 完結おめでとうございます！最後までキュンキュンさせていただきました！！ 占ツクを徘徊していた時に、とんでもなく良いこの作品を見つけてからは、ずっと応援していました(´ω`*) もちろんこれからも応援しています、頑張ってください！！ (2019年8月25日 22時) (レス) id: 50e4bb27d4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：きりんの木
| 作成日時：2019年6月13日 19時
