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藤井 A
奈々さんとご対面の日。急遽、午前中に仕事が入ってしまったものだから、想とは駅で待ち合わせすることにしていた。世田谷代田駅。紬が、想を見掛けた場所。改札を抜けて、想の姿を探す。ふと、駅周辺案内板の前に落ちている本が目に入った。最近、想が読み始めた本だ。既に到着していることを知った私は、更に遠くの方に目線をやった。
「っ……、」
見つけた。横断歩道の先に、想はいた。でも、ひとりじゃない。後ろ姿しか見えなかったけど、想の表情、言葉、見ていれば分かる。
「紬……」
私のかつての親友で、嫉心を抱き続けた相手だった。
〈なんで電話できなかったのか、別れたか、これでわかっただろ？もう青羽と話したくなかったんだよ〉
手話を理解できない彼女に対して、感情的になった想はお構いなしに言葉を紡ぎ続けようとする。一瞬、止めに入ろうと足を踏み出したけれど、紬への本当の気持ちを見ていたいという興味がそれを止めた。
〈いつか電話もできなくなる。一緒に音楽も聴けない。声も聞けない。そうわかってて一緒にいるなんて、辛かったから〉
そうだ。想はあの頃、紬のことがとても大切で、心の底から愛していた。私は、ただの幼なじみにすぎなかった。
“好きだったから”
だから、会いたくなかった。嫌われたかった。忘れて欲しかった。想が紬に向けて見せている表情、言葉。私の時には見せない彼の姿を直視するのがどうにも苦しい。想は、涙を流しながら紬の前から去っていってしまった。彼女の腕を振り払って。
「……紬？」
私は、俯く彼女の背後に歩み寄った。声を掛けてみれば、こちらを振り向いて「A、」と小さく呟いた。
「久しぶり、紬」
「A……何でっ」
本来であれば感動の再会といきたいところだったけれど、状況が状況。紬も、今にも泣き出しそうな戸惑った表情で私を見つめている。
「想に、想に何て言ったの？」
「……えっ？」
「あんな苦しそうな顔、久しぶりに見たから。紬に話してる時の想、すごく辛そうだったから」
紬は高校の時から、まっすぐ人の目を見て自分の気持ちを素直に伝えれる人だった。きっと、想に再会したことを嬉しく思って、声を掛けたんだと思う。
「お願い、想のことはもう忘れてあげて。会わないで。紬のまっすぐは、今の想には聞こえない。伝わらない」
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作者名：澪 x他1人 | 作成日時：2022年12月19日 20時
