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藤井 A
戸川くんと会う約束をした。会社終わり、あの日再会した居酒屋で。
「戸川くん、」
ソワソワして待っていると、しばらくして戸川くんは姿を現した。いつものにこにこな彼とは違って、少し沈んだようなオーラが漂っていた。私が声をかけても、軽く手を上げるだけだった。
「どうしたの？急に呼び出して」
「ごめんね。この前のこと、謝りたくてさ」
「……あぁ、うん」
私がこの話をすること、何となく予想ついてたんだと思う。やっぱり、というような表情で頷く。
「ごめんね、急に帰っちゃって。私はちゃんと、戸川くんの声、聞こえてたのに」
「本当にごめんなさい」と、頭を下げて謝る。戸川くんからのリアクションがない。おそるおそる顔を上げてみれば、思い詰めた表情で俯いていた。
「ごめん。俺まだ整理ついてなくてさ。もしかしたら、呼んだら振り返ってくれるんじゃないか、って。それでも、想は振り向いてくれなくて……まぁ、聞こえないからさ。そりゃそうか。振り返らないよね、うん」
自分に言い聞かせるように呟いている。そうだ。８年間も音信不通で、やっと会えたと思ったら耳が聞こえません、だなんて。そうだよ。戸川くん、辛いに決まってる。
「……わかる。わかるよ。紬、もう手話まで覚えてるらしいね」
「……うん」
「あのね、私……手話覚え始めたの、想の耳が完全に聞こえなくなってからなんだ」
「えっ？」
「驚いたでしょ。いずれ耳は聞こえなくなるってわかってたのに、どうしても信じられなくて。普通に声で喋って、耳で聞く想の姿を見たら、もしかしたら大丈夫なんじゃないか、って。最後の最後まで信じてたんだけど、」
そう簡単に受け入れられなかった。私の声に耳で反応して、想の声を耳で聞いて。それが当たり前だったから。それなのに、紬はすんなりと受け入れて、この短期間で手話まで覚えているだなんて、信じられなかった。きっと簡易的な手話ばかりなのだろうけど、想とコミュニケーションを取るために、必死で覚えたんだろう。
「そうだったんだ」
「うん。ごめんね、なんか私の話しちゃって。でも……うん。戸川くんの気持ち、わかるからさ。信じたくないって気持ちでいっぱいなのに、すんなり受け入れて周りは手話を覚えていく。ありえないよね」
戸川くんは目を赤くしていた。同じだ。戸川くんは今、あの頃の私と同じ気持ちを背負っているんだ。
終わり
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作者名：澪 x他1人 | 作成日時：2022年12月19日 20時
