32、忘れ形見 ページ35
引き寄せられる様にそっと首に触ると。
痛そうに顔を歪めて、呻いた。
それほど、傷は深いんだろうか。
痛いのか。そう聞いても、全然と飄々とした表情で返されるんだろう。だから、本心なんて掴めなくて。
だが。もう、そんな思いさせやしねェ。
「もう終わりにすっから。
だから、最後に。忘れ形見に…」
頬に触れるだけの口付けを落とした。
終わりにしよう。傷付けるだけの、恋なんて。
・
*お妙side*
日が傾き始めた頃。
新ちゃんに、Aちゃんの風邪を聞いて訪れれば。
「あら、沖田さんじゃないですか。珍しいですね」
「旦那から頼まれ事があったんでさァ。じゃ」
聞きたい事が沢山あったのだけど。
まぁ、それは今度にしましょう。そう思い、部屋に入ると机に置かれたビニール袋と、動揺した様なAちゃんが目に入った。
「何かあったの?」
「うん寝てて。そしたら、首に触れられた痛みで目を覚ましたの…その後、何かが頬に当たったんだけど…寝惚けてて覚えてなくて」
言わなくても分かるわ。
沖田さんのことだもの、ちゅーくらいしたのね。
あの人の好意は鋭い人なら勘付くもので。
「もう、終わりするからとか忘れ形見…とか言ってだんだけど…何の事かな?」
あらあら、あの人。
案外……ヘタレ男だったの。
やっと、Aちゃんが気付き掛けてるというのに。
これじゃあ、あまりにも可哀想じゃない。
だけれど、私に出来る事は。
「少し、待っててくれる?」
まだ、遠く離れていないであろう人影を追う。
見つけた影に話し掛けた。
「一つ聞きます。
もしも、Aちゃんが貴方を想っているとしたら。
沖田さんはどうするおつもりですか?」
「有り得ねェ話なんで。大丈夫…」
「貴方達の所のゴリラに今日、うちの屋根を突き破られたのだけど…抹殺してもいいですか?」
彼らの大好きなゴリラストーカーを、引き合いに出せばやはりすんなりで。
「やっぱ姉御には、逆らえないですねィ。
もしも、んな事があるとしたら…分かんねェや」
答えは曖昧だった。
一蹴り入れたくなったけれど、グッと堪えて万事屋に戻るとAちゃんはプリンを頬張っていた。呑気ね。
でも、こればっかりは私では意味がないの。
「自分の気持ちを大切に…ね?」
「ん?」
Aちゃんは意味が分からなそうに、首を傾げた。
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作者名:千歌 | 作成日時:2020年8月19日 0時