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馬鹿なことを言うな、と怒鳴りつけそうになった。
しかし一時的に怒りで上がった体温はすぐさま物理的に冷まされることとなる。一瞬、世界から切り離されたように耳がくぐもって、自分という存在が作り出したらしい泡がごごごごという大袈裟な音を立てて水面へと這い上がる音以外聞こえなくなった。
水の中に溶け込む用途として作られていない衣服が一瞬にして足枷となり、酸素を求めて空気のある地上へと這い上がる際に重しとして俺の体を蝕んだ。
ぷはっ、と勢い良く水から顔を出すと、俺の足を掴んでプールへと引き込んだ張本人が愉快そうにくすくすと笑っていた。
「っおっ前……まじでふざけんな!!」
「そらるくんが入りたそうな顔してたから」
「俺換えの服とか持って来てないんだぞ!?どうやって自転車で帰るんだよ!!」
「私が持ってきたからさ、二人で入ろ」
「なんで俺を引きずり込むこと前提にしてんだバカA……」
それでも、彼女が嬉しそうに笑っているのを見ているとどうでも良くなってしまう俺も大概なのだと思う。
熱気も吹き飛ぶような、昼間よりも少し低い水温。
……制服で来るんじゃなかった。布が水をしっかりと吸い込んでしまって肌に張り付くから寒いくらいだ。
これ明日までに絶対乾かないだろ……
「そらるくんってさぁ、彼女作らないの?」
いつぶりに着たのかとも知らないスクール水着を纏って、彼女はすいすいと泳ぐ。
25メートルをギリギリ泳げる程度の泳力しか無いはずだが、久々のプールという響きがなんとなくそれを滑らかに見せるのだろうか。まばらに水の中を揺らいでいる彼女の黒髪がほんの少し色艶を感じさせて、なんとはなしにそこから目を逸らした。
「……急になんだよ」
「そらるくんってモテるじゃん。彼女とかすぐ作れるでしょ」
「別にモテてないけど」
「うっそだぁ!私がまだ学校行ってた時から噂で流れてきてたもーん!」
「知らねぇよ」
彼女とか、好きな女子とか、馬鹿馬鹿しくてくだらない。興味もない。
俺の世界に映るのは、昔から、ずっとずっと昔から一人だけだった。
「……彼女作ったら、教えてね」
俺の返答を聞きたくなかったのかは知らないが、彼女はざぶんという音を立てて再び潜ってしまった。
気持ち良さそうに水と戯れる彼女を、水の滴る前髪の隙間から見ていた。
「……俺は、興味ないよ」
ぽつんと零した言葉は、多分聞こえていない
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作者名:高瀬その | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/8ef4f72c271/
作成日時:2018年6月26日 21時