きみの指定席 ページ27
潮の満ち引きを見ていると、彼のことを思い出す。
考えてみればあれは初恋だった。淡くて、脆い。
*
中3の夏、わたしは進路について迷っていた。
私の住んでいる街は海がすぐそばの小さな街。
田舎と言われればそうかもしれないけれど、私はそんな街が大好きだった。
学校帰り、制服のまま砂浜に沿って歩いていると、潮が満ちてきて裸足の足が海に浸かった。
この街を出るのか、否か。
私の行きたい高校は全寮制の隣の県の学校で、そこへ通うには私はこの街を出なければならない。
少しだけ沖の方へ歩いてみたくなってちゃぷんちゃぷんと音を立てながら少しずつ体を沖の方へと進めていく。
膝あたりまで浸かった頃だった。
急に後ろからじゃぶじゃぶという音が聞こえ、振り返る間もなく私の体は抱き竦められていた。
「何、してるの……?死んじゃだめだよ…?」
訛りのない綺麗な標準語。
震える声に驚いて振り向くと、見知らぬ男の人がいた。
「死に、ませんよ…。」
抱きしめられた腕をトントンと叩く。
それでも力が抜けない腕をきゅっと握り、ボソッと呟いた。
「私には何をするにも勇気がないから…心配しないで。」
そういうと、彼はようやく腕を離した。
離れてみるとよく顔立ちが整っていて綺麗な顔立ちだとわかる。
「急に、ごめん。けどなんか…君がどっかいっちゃいそうな気がして。」
彼は、そう言った。
彼のその少し影のある笑顔を見て、私は……強く、惹かれた。
その日から、浜辺に行くと必ず彼に会えた。
私たちはお互い何という名前なのかも知らない。
ただ、毎日同じ時間に同じ場所で海を見るだけ。
潮風に髪が靡く。
彼は、私の髪を綺麗だと言った。
綺麗、なんていう言葉が出てくるなんて思わなかった。
嬉しいけれど少しだけ心に引っかかるモヤモヤがあって、何だか不思議な気分になった。
“ありがとう”そう言って笑うと、“素直で可愛いね”なんて言って私の頭をくしゃくしゃっと撫でた。
いつもの弾けるような笑顔も、少し悲しい顔も、何かを隠したような顔も、照れたような顔も。
全部全部わたしだけに見せて欲しい。
それだけ、切に願った。
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作者名:高瀬その | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/8ef4f72c271/
作成日時:2018年6月26日 21時