＊ ページ39
「っ、A。……見えた」
「え……！」
ただ黙々と足を動かしていた私の耳に、達成感を押し殺したようなうらたくんの声が届いた。
弾かれるように顔を上げた先にはーー
「……ぁ……」
貧相だけれど、確かにそこに並ぶ木造の家屋。
ちらりちらりとその隙間を縫って覗くのは、小さな人影。
その集落の少し外れに視線を動かせば、緑が茂る小さな山が聳える。
そして、その傍の丘にはーー
「っ、ぅ……あ、ぁ……」
生温い何かで滲んだ視界に、鮮やかな薄紅色が写った。
季節は夏。
本来なら春に咲くはずの「それ」は遠目で分かるほどに大きく、まるで私たちを歓迎するかのようにたくさん花開いている。
ーーずっと、見たかった景色。
ぼろぼろと、大粒の涙が足元に落ちていく。
そう、丘の上に咲くーー夏桜の花弁のように。
どうしてだろう。
あんなにも、約束のことばかりに囚われていたはずなのに。
今の私の中には、形容しがたい激情が渦巻くばかり。
言葉にもできないその感情は、ただひたすらに涙となって瞳から溢れていくのだ。
拭っても拭っても止まないそれを隠したくて、私は両手で顔を覆って俯いた。
手のひらに零れる涙が、手を伝って地面に滴る。
嗚咽すらが漏れ始め、止まらないことを察しているとーー
(え……？)
ーーぽん、と、頭の上に何かが乗った。
そして、そのまま腰を引かれて。
何事か、と手を離して顔を上げる前に、私の身体は仄かな温もりの中に閉じ込められた。
ふわ、と鼻腔を満たしたその香りに、渦巻く激情は徐々に凪ぎ始め、嗚咽も少しずつ小さくなっていった。
「……おかえり、A」
「っ、ぅ……」
ーー私の家はここではなくて、お城のはずなのに。
おかえり。
その言葉を言われるべきなのは、ここではなくてお城のはずなのに。
どうして、どうして。
(こんなにも、温かくなるんだろう)
耳元で囁く声に、とぷとぷと胸に注がれる温もりに、私はそっと身を委ね、瞳を閉じた。
きゅ、と着物を握れば、強く抱きしめ、頭を撫でてくれる。
ーー私は「彼」の胸の中で。
声を殺すことなく、涙を流し続けた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 598人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「歌い手」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ちょこ - 更新が止まってます！戻ってきてください！続き楽しみに待ってます！ (2020年7月11日 23時) (
レス) id: 5ad0b4ef6a (このIDを非表示/違反報告)
あういえお - ぐへへ...((え、すげー...みんな言葉使いが...おしとやか...(?) (2019年7月25日 14時) (レス) id: 473868f78a (このIDを非表示/違反報告)
もうふ - きゃぁぁぁぁ(( 好き。(笑) (2019年7月23日 22時) (レス) id: bc132d7752 (このIDを非表示/違反報告)
狐 - 続きがきになる・・・更新頑張ってください！ (2019年7月22日 20時) (レス) id: 7ea13ff707 (このIDを非表示/違反報告)
あいうえお - すんばらしい！更新頑張ってくださいねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ！ (2019年7月22日 14時) (レス) id: 473868f78a (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：星奈 ふゆ | 作成日時：2019年7月21日 16時
