スパイダー【ars M.A】 (ページ1)

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一時間前、僕は失恋した。

彼女から告白されて、可愛い子だったから何となく付き合って、手を繋いで、キスをして、抱き合って。
何となく付き合い始めたけど、やっぱり可愛いし、楽しいし、好きだなぁなんて思ってたんだけど。

突然、振られた。

「え？...え、何で？」
「ごめんね、まーくん。ホントにごめんね」

理由は教えて貰えなかった。

でも走り去った彼女の後ろ姿をずーっと見てたら、すぐに理由が分かった。
彼女はそこで待ってた男に笑って駆け寄り、一緒に車に乗って行った。

そっか...。
僕は大人の男に負けたのか、と理解する。

夏服から冬服になって、春ぶりに学ランに袖を通した日。
僕は、彼女を失った。

30分、公園のブランコに一人で揺られて。
その内、何かもうどうでも良くなって、ブランコから立ち上がり歩き始めた。

とは言え、すぐに家に帰る気にもなれずに家とは逆方向へ歩いてみる。
知らない住宅街。
初めて見る家並み。

「...ん？」

どこかから、ピアノの音が聴こえて来る。
聴いた事ある曲だ。

小さい音が大きくなる方向へと足を進める。
音楽がだんだん大きく聴こえてくる。

そこには、庭の向こうの窓を大きく開けた家。
白いカーテンが靡いて、その奥にピアノを弾いてる人が居た。

僕は立ち止まり、ピアノの音に耳を傾ける。
ピアノを弾くその人に、目を奪われる。

ポン...と音が急に途切れた。

「あ...」

ピアノを弾いていたその人が、すっと外をみる。
立ち尽くしてる僕と、目が、合った。

「.....誰？」
「え...っと...」

その人は立ち上がり僕の方へと近付いて来た。
庭に降り、こちらへと歩いて来る。

「お母さんの生徒さん...じゃないよね？」
「生徒...？」
「もしかして、うるさかった...とか」
「あっ！ううん！うるさくない！」

ブンブンと首を振ると、貴女はクスッと笑った。

「...聴いた事ある曲だなぁって思って...」
「ショパン、知ってる？」
「うん...名前なら」
「今弾いてたのは、ショパンの『別れの曲』」
「別れの...」

「ごめんね」と言って去った彼女の声を思い出した。
でも何故だか顔はぼんやりと輪郭が歪んだ気がした。

「俺...さっき彼女と別れたの」
「え...？」
「俺にピッタリの曲だ」

アハと僕が笑うと、貴女は「寂しいね」と悲しい顔をした。
胸がぎゅうってなる。

そっか...。
この瞬間の為の失恋だったんだ。
この瞬間を迎える為のお別れだったんだ、と理解する。

五秒前、僕は恋をした。