スパイダー【ars M.A】 (ページ13)

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ミページ13

「どっちにしても、あれは難しいと思う」
「そっかぁ...」

せっかくなら出会った時の思い出の曲が良いかなって思ったけど、言われてみれば別れって縁起でも無いし。

「あ、じゃあ...何だっけな...あれ、何て言ってたっけな...」

レッスンしてくれるって話をした時に先生が弾いてたやつ。

「カズくんもよく弾いてんの。えっとー...」
「何よ」
「ナントカカントカ...」
「はぁ？」
「ナントカカントカの第二番...って言ってた気がするんだけど...」
「あぁ。......ノクターンね」

それ！って俺がカズくんを指差すと、その指の先をペシって叩かれた。

「それなら俺でも弾ける？」
「まぁ、簡単になるアレンジならあるね」
「じゃあ、それ！それ、教えて！」

カズくんは溜息を吐き出して「謝礼はあんの？」って訊いて来た。

「んー...弾けるようになるまで、毎週ジャンプ買ってあげる！」
「安くね？」
「幼馴染の恋を助けると思って、そこはマケてよー」
「...じゃ、恋が成就したら更に報酬な？」
「うん！やった！ありがと！」

ブーブー言ってたカズくんだけど、翌日には手書きの楽譜を俺にくれた。
「オレは超スパルタだから」って宣言から始まったカズくんのレッスンは本当にスパルタで日によっては何時間も続いたりして、部屋におやつ持って来てくれたおばちゃんに「まー君にピアノ頑張らせ過ぎたら、また家出しちゃうよ」って笑われた。

先生と練習する『カノン』と、カズくんと練習する『ノクターン』
俺は一生分のピアノを弾いてるんじゃないか...？ってくらいに、毎日ピアノを弾いてた。
夢にまで鍵盤が出て来るし、授業中は机をピアノに見立てて指を動かしちゃうし。

先生、どんな顔してくれるだろう。
俺がショパン弾いたら。

・

先生とのレッスンは、ピアノのあるリビングが教室。
白いカーテンのかかった大きな窓がある、あの部屋だ。

先生は隣に座ったり、立ち上がったりして、教えてくれる。
時々物凄く距離が近付いたりすると、ふわっとした髪が俺のほっぺを霞めたりする。

ぎゅうっとなる胸を必死で隠して、ドキドキするのも一生懸命押さえて。

「先生、ここはどう弾くの？どの指？」
「ここは、この指をここね」

俺の手を取り鍵盤の上で導いてくれる先生の指を、何度だって握り返してしまいたいって思った。

一目惚れだったはずなのに、今では先生の声も、視線も、香りも、体温さえも好きだ。

好きって気持ちで、何故か悲しくなる位に。