Clear‐Crane‐Crime 8th【ars M.A】 (ページ29)

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274.カラカラ。ページ29

引っ張られた拍子にふらりと足が前に出て、智さんの後ろをついて歩くような形になる。

雅紀くんが「待って」と、もう片方の手首を掴んだ。

両手を男性に掴まれてる女なんて、目立たない訳が無くて。
周りからの好奇な視線に、俯くしか出来ない。

「離したげてよ。見せモンになっちゃうから」
「俺が連れて帰る」
「連れて帰ってどーすんの？元カノさんの事、何も解決してないのに」
「.....」
「連れて帰って、言い訳すんの？『もう会わないから』って？何だそれ」

智さんがサラッと言う。

「せめて、他の女の影が見えなくなってから会いに来れば？」

その言葉に、雅紀くんの力が抜けて

私の手首はダランと落ちた。

「...雅紀く...」
「行くよ、Aちゃん」
「.....」

雅紀くんは俯いて

前髪が目元を隠して

普段は、そうなるのが凄く好きなのに

今日はそれが、酷く悲しい。

智さんに掴まれてる手首が熱い。
ちょっと、痛い。

カラカラカラ、タイヤが回る。

昨日は二人乗りして走った道を、ゆっくり歩く。

「余計なお世話だったかな」
「...え？」
「でもAちゃん傷付けられたの知ってんのにさ」

手首は、掴まれたまんま。
私は、智さんの斜め後ろを歩く。

「黙ってらんなくて」

少しだけ振り向いた彼は、それだけ言うとまた前を向いた。

今日の朝早くに出た智さんのマンション。
また夜に来る事になるなんて、思わなかった。

「待ってて」と、智さんが駐輪場に自転車を置きに行くタイミングで手首は離される。

一緒に部屋まで行き、玄関に入った所で私は立ち止まった。

「入りたくない？」

智さんが優しく問う。

「...すみません」
「ううん。じゃ、スマホ探して来るね」
「お願いします」

玄関にはさっきまで彼が履いてたスニーカーが一足あるだけ。
昨日履いてたハイカットとは違う靴だからシューズクローゼットの中にちゃんと片付けてるんだなぁ...なんて、どうでもいい事を考えて気を紛らわせる。

じゃないと、さっきの雅紀くんを思い出してしまうから。

「お待たせ」
「あ...」
「あったよ、はい」

智さんからスマホを渡され、ロックを外すと

LINEにも、着信履歴にも、雅紀くんの名前がたくさん残っていて

胸がまた、キリキリと痛くなった。

「Aちゃん」
「はい...」
「わざとだって、言ったらどうする？」
「...わざと...？」

何が...？と考えていると

智さんの腕が、私の身体を抱き寄せた。