Clear‐Crane‐Crime 8th【ars M.A】 (ページ17)

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262.耳を塞げたら。ページ17

きっとハロウィンの時だ。
二宮さんも、伊織さんを見掛けたって言ってたし...

「...まー君が住んでる町でアナタが電車を降りたから、一緒に暮らしてるのかなぁ...って思ってた」
「......」
「でも、それは違うって聞いて」
「...聞いて...？」

誰に...

「まー君から」

何も言えない私に、伊織さんは続ける。

「それを聞いて、私、ホッとしちゃったの」
「......」
「あ...、私とまー君、付き合ってた事があって」
「...はい」
「でも、無理やり周りから別れさせられて」

頷くしか、出来ない。

「私の想い、あの時のまんま止まってるの」

きっと

凄い事を言われてる、今。

でも、それ以上に雅紀くんが伊織さんに私と一緒には暮らしてないって話をしたって事に、指先が冷たくなって行く。

いつ...？
いつ、話したの...？
いつそんな話をしたの...？

「...伊織さん、雅紀くんともう会わないって約束させられたって...」

喉が、絞り出すように言葉を出した。

「そんな所まで知ってるんだ...」
「......」
「でもそれ、法的な物では無かったから」
「......」
「口約束」

クラリと目が回ったような感覚だった。

「その...その、私と暮らしてないって話は...この間...？」

雅紀くんが私を追い掛けて来る前に？
だって、その時しか二人が話すタイミングなんて無いでしょ？

「ううん、ついさっき」

コーヒーのお代わり、いかがですか？と、バイトらしき女の子がにこやかに声を掛けて来る。
カップの中身なんて、ちっとも減ってないのに。

「大丈夫です、ありがとう」

伊織さんが、女の子に言う。

「さっき、まー君のお家に行って会って来たの」
「...家に...？」

じゃあ、さっき電話に出た雅紀くんは伊織さんと会った後だったって事？
あんなに笑ってたのに？

「駅でAさんを待ってたのはね」
「......」
「お願いがあったから」
「...お願い？」

耳を塞いでしまいたいのに、出来ない。
逃げ出してしまいたいのに、それも出来ない。

「私、まー君を忘れられないの」

伊織さんの目から、涙が落ちた。

「ごめんなさい、でも...」

綺麗な指が、その涙を慌てたように拭う。

「まー君を私に返して欲しい」

返せって...私はまた、誰かの大切な人を横取りしたって事？

「...お願い...」

私も泣いてしまえたらラクなのに。
泣ける程の気持ちの整理が、全く出来ない。

さっきまで雅紀くんと会ってたと言う彼女は、長い髪で涙を隠すように俯いた。