Clear‐Crane‐Crime 8th【ars M.A】 (ページ13)

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258.珈琲。ページ13

「ちゃんと出社してんじゃん」
「当然です。大人ですから」

私が顎を上げて応えると、櫻井さんはククッと笑った。

何種類か用意してあるお湯を注ぐだけで作れるスティックコーヒーの中から苦めのカフェオレを選んで、カップに入れる。

「実は、今日はA休んでも仕方無いかなぁ...って思ってたけど」
「え？」

櫻井さんの言葉に、思わず顔を上げる。

「土曜、大変だったんだろ？」
「あ...」
「ごめん。どう見ても雅紀とAの様子おかしかったから、後でニノから聞いた」

気付いてたんだ...
飲み過ぎって二宮さんが言ってから櫻井さんはそれ以上何も触れなかったから、納得したんだと思い込んでた...。

「それ、智さんも...？」
「一緒に話聞いてたからね、知ってるよ」
「あぁ...だからなのかな...」
「ん？何が？」
「今日、智さん私よりも早く出社してて」

智くんが？って、櫻井さんが大きな目を更に丸くした。

「パンを、くれました」
「パン」
「はい。私が落ち込んでると思って、元気づけてくれたのかな...」

コポコポとカップにお湯を注ぐ。

「悪い事をしてしまいました…」
「どうして」
「智さんに、変な気を使わせてしまったのかもしれません」
「何でそれが悪い事？智くんがそうしたいから、したってだけだろ？」
「え...？」
「Aが強要した訳じゃない。それに...」

整った横顔が、少しだけ意地悪な顔でこっちを見た。

「単純に智くんがパン食べたかっただけかもしれない」

口の端をクイッと上げて「俺にもコーヒー淹れて？」と、私の前にカップを置く。

「ココアじゃなくても良いですか？」
「うん。コーヒーの匂い嗅いでたらコーヒーの気分になった」
「コーヒーの香りはハッピースメルですか？」
「フハッ！何それ」
「フフッ、智さんが言ってたんです。焼き立てのパンはハッピースメルだ、って」

何だそれ、って笑ってる。
眉毛下がって、楽しそう。
つられて私も笑う。

「その様子だと、もう大丈夫そうだな」
「え？」
「雅紀と、仲良くやってんでしょ？」
「仲良いかは分からないですけど...大丈夫です」
「そっか」

淹れたばかりのコーヒーを、櫻井さんがその場で一口飲む。

「智くんにも...」
「はい？」
「智くんにも、それ、伝えてやって？A達の事、心配してるかもしんないから」

そう言うと、彼は「コーヒー、サンキュ」とカップを持って仕事に戻った。

その背中を見送って、私も部屋へ戻った。