Clear‐Crane‐Crime 5th【ars M.A】 (ページ15)

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155.最後の日。ページ15

最後の診療。

それは、相葉先生との『二人っきりの時間』も最後かもしれなくて

二宮さんに言われた「後悔しないように」が、耳の奥に残ったまま。

仕事を終えて、いつもの水曜と同じように相葉歯科への道を歩く。

少し息苦しく感じるのは、きっと緊張してるから。

角を曲がれば、病院が見える。

「...あれ...？」

違和感を感じたのは、いつもだったら消えてる電気がついていたから。

一見診療中っぽいけど、そのドアには『本日の診療は終了しました』って札が掛かってる。

「......」

グっと力を入れてドアを開くと

待合室のソファに先生が座ってた。

「こんばんは、高野さん」
「...こんばんは」
「来てくれたね」
「......」
「逃げられなくって、良かった」

クスっと笑った顎マスクの先生は、スクラブを着ていて

最近はずっと白衣だったから、そんな事にもドキっとする。

「早く入っておいでよ」
「あ...はい」

入口に立ったまんまだった私が靴を脱いでスリッパに履き替えるのを、先生がずっと見てるから妙に意識し過ぎて

早くしなきゃ...って焦ったら、履こうとしてたスリッパを蹴飛ばしてしまって先生の足元に滑って行った。

「あぁぁぁぁ！！ごめんなさいー！！」
「ウハハッ！すっげぇ勢いで飛んできた！」

スリッパを拾った先生が、大笑いしながら私の前まで歩いて来る。

「はい、どうぞ」
「はい...ありがとうございます」

私の足元に戻って来たスリッパに足を入れて、ペコペコと頭を下げる。

あぁ、恥ずかしい...。

「可愛い」
「...え」
「ん？何か、可愛いなと思って。焦ってる顔」
「......えっ！？」
「意地悪したくなるよね、Aちゃんって」

先生の片頬が、キュっと上がる。

「さ、早速全滅させちゃおうか」
「あ...はい...」

診察室に入って行く先生の後姿を追いかける。

これも、最後なんだ。

ずっと怖いと思ってた機械音も、平気になった。

カチャカチャと金属が触れ合う音は、心地良いとも思えるようになった。

「少し引っ張るねぇ」「痛い？平気？」
治療中に先生が掛けてくれる先生の小さな声は安心したし、耳がウットリと喜んでる気がしてた。

終わっちゃう...終わりなんだ...

そう思ったら、胸が苦しくて痛かった。

「...Aちゃん」

先生の指が、初めてここに来た時と同じように私の目尻を滑って

自分が泣いてる事に初めて気付いた。

「最後まで頑張ったね」

先生は涙を拭った指で、私の頭を撫でた。