JIYONG -2-

名前 -You- ページ20

エントランスを出て、
再度マンションを見上げた。

何だろう…この気分。

ここに来た時とは全く違う気分。

嬉しさ。幸せ。現実。苦しさ。

複雑すぎて、さっきから何度も息を吐き出した。


わかってる。

ずっと最初からわかってたし、
望もうと思ったことさえなかった。

今のまま、このままで充分。

そうなんだけど…
でも、そうなんだけど、

『Aとそんな気ないから』

この言葉を言われた時、
本当に胸にグサッと言葉が刺さって、
胸がすごく痛くて、奥歯をギュッと噛み締めて耐えた。

女として見られてるなんて思わなかった。
見て欲しいとも、そんなこと願わない。

だけど…

やっぱり酔っていたからなんだ。

あの日の夜は、そうだったから、そうなっただけで。

酔っていないシラフのジヨンさんにとって私は、
これが現実なんだ。

そう、思って。




「敬語はともかく、名前は…」

ジヨンさん…以外、
まさか呼び捨てなんて出来ないし…

「ジ」

「え？」

「ジ」

「ジ？」

「ヨン」

「ヨン？」

「ジ、ヨン」

「……」

言えない。

「ジ、ヨン。言って」

「ジ…ヨン…くん？」

「くん、なんて言ってない。ジ、ヨン」

なんか…ちょっと怒ってるジ…ヨン…さん。

絶対言えない。
そう思ってたけど、

「A、1回呼んでみて。ジ、ヨン」

オレンジ色の照明のせいか、
ジヨンさんの茶色い目が、より茶色に見える。

綺麗な茶色の瞳がキラキラと輝いていて…
名前を呼ばれ、目を見ながらそんなことを言われたら…

「ジ…ヨン」

断ることなんかできなかった。

「呼べるじゃん！よし！それでいこう！」

笑うジヨンさ…、ジヨン。

笑ってくれるってことは、
嫌がってたり、迷惑じゃないってことだよね？


そっか…
そうだった。

私にジヨン…は、拒めないんだった。
今までも、今も。

連絡先を知ってても、
連絡を取り合ってても、
お互いの家に行っても、
名前を呼び合っても、
親しげにタメ口で話しても、

だからって、何も変わらないんだよ。

ジヨンと私は友達。
それ以上にはならない。
それだけ。




胸に抱えた借りた詩集。

「ジヨン」

1人小さく呟いて、
キュッと詩集を抱きしめた。


ジヨン…

初めて呼んだ時に見せてくれた、
あの笑顔が脳裏に浮かぶ。

それで充分だよ。
私の目を見て、ジヨンが笑ってくれるのなら、
私はそれで充分なんだよ。

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