伍拾 お帰りとただいま ページ3
それからしばらくした今日、真選組屯所に総悟さんは帰って来ることができた。
良かった。また戻ってきてくれて。
春の訪れを感じる今日この頃。
時折柔らかな暖かい風が吹く。桜のつぼみはきっともう少しで開くだろう。
でも私の心はそれとは正反対に冷えている。
姿を見れば側に居たくなってしまう。
「お帰りなさい。総悟さん」
「あぁただいま。…って何泣いてやがんでィ」
言われて初めて気付いた。
でも、もっと驚いたのはその涙を総悟さんに拭われていたこと。
思わず後退りごめんなさいと言った。
他の人達が丁度来たので、昼食の準備をする為食堂へ行く。
「春さん何か最近変わったっちまったよなぁ」
「そうそう。あんま笑わなくなったっていうか…
あっ…沖田隊長？！…沖田隊長はさ、春村さん来てから変わったよな」
「あぁ。…俺らもな」
食堂の扉の内側に座り込む。
すると、一度力が掛かったが私がいるから開かないだろう。次はトントンという音と共に声がした。
誰かなんてことは分かりきっている。
「なんで避けんだよ」
「…お客さんまだ開店してません。また後で」
すぐにいなくなるだろう。
そう考えたが予想はまるで当たらない。
するとすぐ後ろでドンと壁が振動した。
「そうかィ。じゃあここで待ってまさァ」
鼓動が早い。
何を怯えているの。決めたのに。
ちゃんと総悟さんには言うって。
「私…決めたんです。自分の道を自分で。
だから、一つお願いがあるんです。
…私を庇うのはもうやめて下さい」
総悟さんの守るべき人は私じゃない。そう続けた。
私の居場所を守ってくれてたんだよね…
政府からすれば、一般人の住み込みの女中しかも独身なんて邪魔者以外の何でもなかったはず。
「知らねェよ。そんなの」
痛ッ！！！酷い…
扉が勢いよく開いた。背中を摩りながら、振り向くと……怖い超睨んでる
「手を差し伸べるも見捨てるも俺が決めることだ」
そう言って、差し出してくれた手。
“あの日”の光景が脳裏をよぎる。
『A。おいで』
駄目。そんなの…嫌だ。
もう、大切な人を自分の命と引き換えになんかしたくない。
「…駄目です」
「なら…俺はその手を掴むだけでィ」
嫌じゃないんだろィ？
そう聞かれて何も返せない。
だって本当に嫌じゃないから。
初めて繋いだ手は暖かくて、離したくない。そんな想いが募っていく。
この人はいつもそう。
距離を取ろうとすれば逆に近付いてくるんだ。
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作者名：千の歌を歌う人 | 作成日時：2019年9月8日 1時
