短編集【実ｼ兄者】 (ページ17)

今日:8 hit、昨日:3 hit、合計:1,319 hit

↓ ページ17

【危険！
　クマ注意！】

　塗装は剥げ日焼けしてすっかりと薄くなった存在感のない看板とすれ違う。こんな場所でクマなんて最後に出たのは10年前だ。

　2年前はそれはもう定番の肝試しスポットだった。だって出ないから。雰囲気があるだけで安全だなんてこぞって皆肝試しをするだろう。
　それも2年前までだが。Aが行方不明になってからは誰もこの地に踏み入れなくなった。地元じゃこの件について知らない人はいないので当然と言ったところだろうか。

　一歩踏み出すとぱき、と枝の折れる音がする。誰も通らなくなって道はすっかり雑草で覆われている。こんな場所に未だに来ているのは自分だけだとわかっていた。

　一際大きい木の根元に寄ると小さな植木鉢が見える。Aが好きだったっけ、なんて思って買ったアスターの種を植えたものだ。たまにしか見に来ていないし素人管理だというのに綺麗に咲き誇ってくれて嬉しい反面、Aがそこにい続けているような気もして怖いような苦しいような。

　これも罪滅ぼしか？…わからない。自分が何を思って何をして生きているのかなんて2年前から曖昧だ。未だにAの幻影を追って概念を集めて改めて存在しない事実を突きつけられ絶望して、再び幻影を追う。全ての行動に意味はない。

　再びぱき、と枝の折れる音がした。驚いてばっと後ろを振り返るとそこには見慣れた顔が。幻覚だと言われれば信じてしまいそうな。それくらい頭では何も理解できなかった。

「A……」
「……？今何か、」

　多分、というか、絶対。絶対にAではないことはわかっていた。わかっていてもないに等しい可能性に賭けて名前を呼んだ。ただまぁ、結果は想像通りではあったけれど。

「いや、こんなところで何してるのか気になっちゃいまして」
「ああ、私は───」

　彼女はただAに容姿が随分と似ているだけだった。声も仕草も視線も香りも距離感も何もかもが違う。まるでAはもういないと告げに来たかのようにも思えた。
　しかしそんなものは空想でしかない。シャオロンの中でAはまだ、シャオロンの命が尽きるまで生き続けるのだ。生かし続けるのだ。

　そうして何事も無かったかのように振舞った。