鶴は幸せを運ぶのか Ⅹ (ページ47)

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恵里サンの病院から帰った時、花鶏は既に営業を終え、後片付けをしているところだった。そして現在、私は昨日と同じように、東條から受け取った皿を拭いて戸棚に戻すという単純作業を担っている。

ちなみに優衣は疲れている様子だったので、私の方から休んでいるよう促した。
自らの命を狙ってくる相手から必死で走って逃げる…そういう、精神的にも肉体的にも疲れる思いをしたのだ。慣れていないのだから、安心する場所に戻った瞬間、疲れが襲うのは納得だろう。

蓮は今日も花鶏に帰ってこない。そして用事でもあるのか、真司も未だ帰宅していなかった。勿論不安はあるけれど、彼が連絡も入れず突拍子もない行動に出るのは珍しくないので、私はもう少し経ったら連絡を入れようと考えている。
そして叔母サンも売上確認だとか言って席を外し、現在この部屋には、私と東條の二人しか居ない。
聞こえるのは水の音と、二人分の呼吸音だけだった。充満するのは、心地よいような、しかし気まずいようにも感じられる空気だ。

「ねぇ」

そんな状況を打ち破ったのは、東條の平坦な呼び掛けの声だった。

『何？』
「一人か、十人か。…どちらか一つしか選べないとしたら…どうする？」
『……え…』
「言い方、変えようか。…一人を殺せば…この世界の人間全てが助かる。…って、言ったら？」

耳を傾ければ、世間話のような声音で告げられた、ソレに見合わぬ重い問い。咄嗟に私が取れた行動は、重たい沈黙を零すだけのことだった。