鶴は幸せを運ぶのか Ⅷ (ページ38)

今日:8 hit、昨日:25 hit、合計:6,782 hit

343 ページ38

数日ぶりに訪れた、北岡サンの自宅兼事務所。

今日この場に用があるのは真司だ。私はただの付き添いである。
特に用事も無いのに早起きして服も化粧もバッチリ決めて…何処か出掛けようかしらと頭を捻っていたところ、真司からお誘いの声が掛かったのだ。

「突然ごめん。いやー…さ、この間は…迷惑を、かけたってか…」

彼の用事。ソレは、先日令子サンのストーカーを巡った一悶着にて迷惑を掛けたので、その詫びを入れようというものだった。
何とか解決はしたものの、真司の早とちりによって遠回りしたことは否定できない。マァ止めなかった私にも落ち度はあったので、付き添いをしている理由にはソレもある。

「あーコレ。つまんないものだけど」

彼が差し出したのは包装紙を纏ったとある箱。中身は確か饅頭である。
一応謝罪をしに行くのだから、手ぶらというのもおかしいだろう。そう伝えた後、真司が買ってきたのがソレであったのだ。

多分、彼自身謝罪をするという行為に釈然としていない。
口調や表情。そして今、右手で押し付けるように手土産を渡した仕草からも、それがありありと見て取れた。

「ほんとつまらないねぇ」

一方北岡サンは受け取った途端包装紙をビリビリ破り、中身を確認してから言う。
"つまらないもの"という謙遜に真正面から"つまらないもの"と称す人間を、私は生まれて初めて見たかもしれない。

「マ、返すのもだるいし？ゴローちゃん、後でコレ、捨てといて」

目線を真司から逸らさないまま、斜め後ろに立っていた由良サンに饅頭を預ける北岡サン。
ダンっ！と音を鳴らして、真司が北岡サンのデスクに両手を叩きつけたのは、ソレと殆ど同時だった。

「ほんっとーにヤな奴だなァ、アンタ！」
「何よ。貰ったモンどうしようが自由でしょ」

北岡サンの背後で、饅頭の箱を受け取った由良サンが一つくすねて胸ポケットに入れている。純粋に、いいなぁと思った。
どうせ捨てるんなら一つくらい貰えないかしら。いや、何気に真司の居ないところで食べたりするかもしれない。ヤな奴というのは否定しないけど、分かりづらい優しさは持ち合わせている人だから。