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しばらくすると、部屋のドアから朝の美味しい匂いが僕の鼻をかすめた。
「朝ごはんできたんやない？」
「え、どーしよ。目、赤い？」
抱いていた身体を離すと、謙杜が振り返って僕の目をじっと見つめた。
「あー、赤いわ」
「泣いたのばれちゃうかな」
「もう暫くここにいよか？まだ呼ばれんやろし。」
朝にこうやって泣いてしまうことは両親も恭平も知っとるけど、謙杜はそれを知られるのを極度に嫌がる。
もちろん聞かれたら素直に答えるけど、謙杜の気持ちもちゃんと分かってやりたいから、朝に謙杜が泣いたりしても、僕からは言わんようにはしてるんだ。
コンコンと部屋をノックする音が聞こえて振り向くと、恭平が静かに入ってきた。
すると泣き腫らした目を見られないように、分かりやすく壁の方を向く謙杜。
「朝飯できたで」という恭平に、謙杜は背を向けたまま、ぶっきらぼうに「まだお腹すいとらん」と言った。
そんな謙杜をみて、恭平もすぐにそれを悟ったみたいで、謙杜には分からんように「泣いたん？謙杜」と僕に口パクしてきた。
恭平もそんな謙杜の気持ちを理解しとるから、僕が静かに頷くと
「そか。じゃあお腹すいたら降りてきてや？」
と謙杜に伝えた。
「ん、分かった」
恭平は「ごめん、頼むわ」と僕に口パクして何事も無かったかのように部屋を出ていった。
夏の柔らかい風が窓から入り込む。
耳を澄ませば、波の音が聞こえてくる。
「なんか音楽でも聴こか？」
立ち上がり、部屋の隅に置いてあるレコードを手にする。
ビートルズにクイーンにオアシスに、謙杜の部屋には昔の洋楽バンドのレコードが数多く並ぶ。
「古くなったものでも、いまだに世界中の人々が愛してるなんてロマンやろ？」なんて言ってたっけ。
「みっちーの生歌一択やな」
「なんでや(笑)誰が聞きたいねん」
「僕」
「僕は聞きたないんでビートルズでも流しますね」
「えー、ケチやなぁ」
さっきまで弱々しく泣いてたんが嘘みたいに冗談まで言えるようになって、内心ほっとする。
普段だって、ずっと泣いとるわけではないんだ。
ただ、ちょっとだけ、分からなくなってしまうだけ。
逃げられない現実と向き合うのが、怖くなってしまうだけ。
そんなときに、手を差し伸べて逃げ道を作ってあげるのが、僕のできる役割やから。
あとはいつでも、謙杜はちゃんと自分の足で歩いてくる。
僕はただ、その側でじっと待ってるだけ。
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作者名：もけけ | 作成日時：2022年7月2日 5時
