240メートルの誤算4【佐野玲於】

鼓動 ページ20

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それからというもの
今まで苦しかったのが嘘みたいに、楽になった。
たぶん変わったのは命綱だと思う。
必死で手繰り寄せていた命綱を
いまはさくらちゃんが代わりに持ってくれてる。


「見て〜新しいコート買った、どう？」
「あーいいじゃん。」
「高かったんだよー。」
「いくら？」
「16万。」
「へぇー…その色いいね。」
「でしょ。あとね、これも新しいの。」


始まったファッションショーをめんどくせえって言いながら眺めて
飽きないでよって怒る横顔に笑って
それだけで良かった。
何も怖いこと考えなくていい。
先のことなんて、どうでもいい関係だから。


さくらちゃんは、龍友くんが言ってた通り、慣れてる子だった。
俺が言わなくても、ちゃんとわかってる。
俺がラインしたときだけうちに来るし
わがままなんて一度も言わない。
嫌がりも拒みもしないし、何も要求しない。

俺がたまにごめんって呟くと、わたしも彼氏と別れたばっかで寂しいから、なんて慰めてくれる。
いい子だな
色んな意味で、いい子。



夜中
ベッドでさくらちゃんを抱き寄せながら、話しかけた。


「…職場、いい人いないの。」
「いい人って？彼氏候補？」
「うん。」
「えー、いないよ。みーんな女の子。」
「あーそっか。」
「あ、けどこの前ね、あのひとに会ったよ。知ってるかな？俳優のイツキくん…」
「えぇ、マジ？すご。」
「優しかったよ、年下だけど。」
「何歳下？」
「2歳。」
「へぇ。どうなの。」
「うーん、わかんない。けどラインは交換した。」

すげーなあほんと
俺でも会えないような芸能人と知り合うもん、コイツ。

「彼氏できたら言ってよすぐ。」
「え？なんで？」
「なんでって…会うのやめる。」
「…いいよべつに。」
「よくないよくない。」
「玲於くん意外だよね、しっかりしてる。」

…しっかりしてたらこんな風に会わねえだろ。
なんて言葉は飲み込んで、かわりにもっと抱き寄せた。

「……明日も来て。」
「うん、わかった。」
「……合鍵渡さなくてごめん。」
「あは、いいよそんなの。わたしすぐモノなくすし。」
「……うん。」
「明日さ、デパ地下ごはんにしようよ。買ってくるね、たくさん。」
「……うん。」
「デザートもね、いっぱい。」

さくらちゃんの心臓が、俺の胸元で動いてる。
その鼓動を感じながら、目を閉じた。
…俺ってほんとに、最低だ。
いつからこの香水の香りを、受け入れられるようになったんだろう。


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