240メートルの誤算3【佐野玲於】

二兎を追う者は ページ41

.



赤信号で立ち止まる。

相手は通ってた古本屋の店員さん
大学生
色々見透かされてて断れなかった

Aは、そう言った。
それが嘘じゃないのは伝わってくる。
…ああ、知らないやつだったんだ。

身体中から空気が漏れていく感覚。
このまま消えちゃうんじゃないかって、怖かった。
なんでだよ
もう、お前って、なんでいつも


信号が青に変わった。
力なく歩き出したとき、遠くでパトカーのサイレンが鳴り出す。
横目でA見たら、案の定、振り向いて そのまま足を進めるもんだから

「っわ、」
「……。」
「……ありがと…」

よろけた身体を、抱きとめる。
人通りのない、信号の真ん中。
見上げるその丸っこい目の中に、ちゃんと俺がいた。

我慢できずそのまま抱き締める。
華奢な身体はたぶん、本気で抱きしめたら簡単に折れてしまうほどで、でももうそんなのどうでもいいくらい、必死だった。

Aの匂い。
俺は、これが世界で一番好きなんだよ。
俺さ、ほんとに
なんかもう、ここで死んでもいいよ。
今車来てくんないかな。頼むから
大事なんだよ。
一緒に死にたくなるくらい、大事で、代えられない。


そう、思っていたのに
後ろから聞こえた足音。
それが耳に届いた瞬間、理性がストップをかけた。
ほとんど無意識にAの身体を離してて
それに気付いたとき、なんでか泣きそうになる。

結局俺は度胸がないし
優先順位を変えられない。

悪いけど俺は、仕事とAなら仕事を選ぶ。

これは、数年前俺がAに言った言葉。
俺の仕事が嫌いだって泣いてたAに言い放った。
今考えれば最低すぎる。
けど、嘘じゃないことも確か。
どうしても捨てられないんだよ、今の仕事は絶対に、捨てられない。
こんなに拗れた今でも、それは変わらないけど


二兎を追う者は一兎をも得ず

選べないよ
いろんな縁から結びついた今の仕事と
どうしても失いたくない大事なひと
…俺には選べない。


そのあとやっぱり感情的になった俺は
もう二度と会うなって、自己中にも言いつけた。
Aの顔、見る勇気は無かったけど
なんでか嬉しそうにその大学生がカッコいいなんて話してきて


嫉妬で押しつぶされそうだったけど
もしかして、今日聞いてよかったのかもしれない。
そう思った。
もしかしたらもう会わないでいてくれるかも
そしたら俺ら、何か変われる？

苛立ちの奥に見えてた希望
俺が財布を抜き取ったりしていなければ
現実になるはずだった。

.

知らない男→←いいやつ

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す